こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」鳴門例会(2003年6月7日)に出演される大塚道子さんを公演前に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。
鳴門市民劇場(以下鳴門) 菊田一夫演劇賞受賞、おめでとうございます。昨年、大塚さんは、『放浪記』『いのち燃ゆるとき』の演技で、この賞を受けられました。
『頭痛肩こり』の4演目のとき(16年前)に、徳島へ樋口多喜役で来られました。大塚さんは、2演、4演、6演に続いて、今回4度目の母親役です。4度目の多喜役ですが、役作りなど変わってきましたか?
大塚(敬称略) 変わらない。淡々とこなしている。木村光一演出のこの作品は、当初から後世に残ると思った。ただ、自分のなかでは、思いっきり、割り切りが良くなった。昔は、もっとなだらかにやっていた。木村演出で、思いっきりやれた。
鳴門 劇の最後で、末娘邦子への呼びかけが、印象に残りますが、…?
大塚 実生活では「私が邦子だ!」との思いがある。両親・兄弟をすべて亡くし、ひとり残される。貧乏暮らしで、あの仏壇を背負った邦子の姿だ。
(※こまつ座のパンフレット『the 座』のインタビュー記事で、大塚さんはご自身の人生への想いを語っています。事務所にありますので、ご覧ください。)
鳴門 母親役が多いですが、…?
大塚 私に母親的な要素はない。芝居だけで生きてきた。いわば「わがままネコ」だ。思えば、文士の母親役が多い。舞台で、いろいろな母を演じてきた。それで、母親に近づいたのか?
鳴門 この作品は、貧乏物語だが、楽しいですか?
大塚 楽しい。それは、カラッと演じているから。井戸端で夏子を責め続ける場面も、母が愚痴を言うことで、夏子の生活や才能を際だたせている。流れをカラッとおかしい風にもっていっている。私は、カラッが好き。実人生では、大変な目にあった。それをカラッと話すと、みなさん、びっくりする。でもそれが、俳優として大切な経験になっている。だから、何ごとにもひどく客観的になれる。
鳴門 明治の庶民の女性たちの生活・生き方をいきいきと描いていると思うが、…?
大塚 私は、戦中の教育を受けた昭和ひと桁生まれ。明治の女性の生き方は、わからない。いろいろな文学に触れて、想像する。「想像力」がポイント。明治の女性は、たくましい。『熊楠の妻』も演じた。物静かだが、あの天才を手のひらの上で転がしている。
鳴門 『泣き虫なまいき石川啄木』にも出演されていますが、井上作品の魅力は?
大塚 好きなんです。極貧で、縁者の家族はつらくて観るのが嫌だと言う。啄木も一葉も、暗い作品。でも、井上さんは、その「暗さ」を裏切ってくれる。今回のテーマは、「一葉の人生」と「彼女の各作品の抜粋」がないまぜになって統一されたもの。一葉の生き方を描きながら、「にごりえ」「十三夜」などの話題も盛り込んでいる。
鳴門 「お話を聞いて、原本を読んでみようか?」という気になりました。
大塚 しかし、「たけくらべ」の文体は難しいですよ。
鳴門 4演目は、バブル期。みんな浮かれていた。今は、景気も停滞している。井上作品は、時代をこえてメッセージ性があり、感心する。作品以外のこと 舞台、映画、TV、声優としても活躍されていますが、…?ローレン・バコールの吹き替えなど。そのパワーはどこから?
大塚 兄が芝居好きで、民藝の演出部に入った。その影響で、この世界に入った。しかし、その兄も25歳で亡くなった。その遺志を継いだ格好で、芝居をしている。芝居をすることが楽しい。(実は、昨日が誕生日で、みんなが祝ってくれた。73になった。)
鳴門 鳴門の会場は、広い。客席数1、600。聞き取りにくいという声がある。
大塚 大きな声を出すと、かえって響き過ぎる。加減に工夫が要る。ホールに合わせて、声を出す。距離も関係する。相手との距離感をつかみ、聞き取りやすい声への調整は、役者なら自然にできる。
鳴門 映画と舞台とでは違うか?
大塚 TVも映画も吹き替えも同じ。好きなのは、舞台。映画で、カットが入ると気持ちがそがれる。そのつど、気持ちを入れ直さないといけない。映像の人は、瞬間、瞬間の集中だ。映画「若者たち」では、森川時久監督が1シーンを1セットでやりましょうと言ってくれた。自分の気持ちが伝わってよかった。声優は難しい。最初は、こんなものは俳優の仕事じゃあないと断った。しかし、演出の千田是也先生は、「アテレコは、俳優にとりいい勉強になる」と言う。思いを込めてセリフをしゃべる間がない。へたに芝居をする間がないだけに、セリフが生きている。最近は技術の発達で、セリフもブレスしやすいように切ってある。自然に日本語に合うようになった。1日目に素読すれば、次の日には合わせられる。ぴったり息を取るスリルと快感。それは、スポーツする楽しさ、タイミングの取り方と同じ。
鳴門 一番印象に残っている役は?
大塚 初めてやった、チェーホフの「三姉妹」の末娘イリーナ! 他人様の印象では「四谷怪談」のお岩役だと言われるが… 仲代が伊右衛門役、平幹、小巻ちゃんが出た俳優座の黄金時代だ。しかし、お岩のようにしおしおと病弱な役では、実際病気になる。
鳴門 大塚さんの役は、強い性格が多い。やっている本人と役どころとは、正反対の性格だと世間では言われるが、…?
大塚 大奥のお局役や、火曜サスペンス劇場でもいびり役をやった。TVなどで変身して、精一杯その役をこなすと、鬱憤も発散して健康になる。チェーホフのような近代古典の女性は、耐える役だ。だから、演じると役どころと同じ病気になり、入院もした。一方、シェイクスピア劇は、発散する。思いっきり発散できる役をやっていると、元気になる。
鳴門 やりたい役は?
大塚 いろんな役をやったので、今、特にやりたい役はない。昔、「三人姉妹」の次女マーシャ役をやりたかった。しかし、やってみると女っぽくて、自分に合わなかったのか、病気になって入院した。やはり、働くことが大好きなイリーナがいい。
鳴門 樋口家の現実は、末娘の邦子が天涯孤独の身になる。しかし、結婚して11人の子をもうける。その子どものひとりに「たき」と母と同じ名を付けている。その関連は?
大塚 理由は、知らない。しかし、邦子は、しっかりした現実的な人だったようだ。
鳴門 5千円札に、一葉が印刷されるが、その理由はご存じですか?
大塚 来年からですね。残念ながら、理由は知らない。
鳴門 鳴門市民劇場の会員へのメッセージを!
大塚 文学的なものと思わず、楽しんでいただければと思います。「ぼん ぼん ぼん」で始まる一幕目の最初、「あれっ?」と思うでしょう。子どもたちが出てくる。私も子ども役。子どもになるのは、楽しい!役者間では「あれは、座敷童だね」と言っている。趣向を凝らしてある。お鑛と多喜は、子ども役から早変わりする。その早着替えも大変。それも楽しんでください。
☆ 6月6日に、73歳の誕生日を迎えられたばかり。舞台では、飛んだり、跳ねたり、歌ったり、その元気をたっぷり見せていただきました。お話を伺った印象は、しっかりとした人生哲学をお持ちの、上品なレディでした。今後ますますのご活躍を期待いたします。
E-mailでのお問い合わせは 鳴門市民劇場ホームページ nrt-geki@mc.pikara.ne.jp まで。