高き彼物

(たかきかのもの)

2003年10月17日(金)鳴門市民劇場例会

あらすじ   清らか、なもの
マキノノゾミ
配役 スタッフ 上演予定
背景のイラストは会員のSさんの作品です。
原画を見るにはここをクリックしてください。

高き彼物

あらすじ

公演パンフレットより

舞台1 ■その年の春、受験生の藤井秀一は二人乗りしていたバイクで転倒し、その事故で同乗していた友人を失ってしまった。

■夏休みの始まったある日、彼は事故の時の思人である猪原正義の家を訪れる。元高校教師だったという正義は、失意の秀一にとってはまるで一個の理想の教師であるかのように思われた。

■彼は秀一に酒の飲み方を教え、勉強の仕方を教え、秀一とともに友人の死を全身全霊で悼んでくれた。

舞台2 ■やがて猪原家の滞在客となった秀一は、自分を励まし続けるこの正義という不思議に熱っぽい人物にぐんぐん傾倒してゆく。  だが一週間が過ぎた日、秀一は思いもよらなかった正義の真の姿を知ることとなる。

■そして正義を十五年間苦しめ続けてきた過去のある事件が明らかになるのだった……。

■SLの汽笛が聞こえる静岡県川根町の雑貨屋「猪原商店」を舞台に、二人の関係と、それを取り巻<人々の人間模様が二転三転する昭和五十三年の、夏休みの物語。



清らか、なもの マキノ ノゾミ

公演パンフレットより

舞台3 ■僕は静岡県浜松市の出身である。十九の歳まで住んでいた。

■当時浜松には、今思えばずいぶん奇妙な、ちょっとした名物のような塾があって、僕は中学生の頃三年間そこへ通っていた。図書館裏の高台にあるその塾は正式名称を「斎藤英語学校」といったが、「斎藤塾」と通称されていた。

■斎藤塾で教えるものは英語と数学だったが、いわゆる学習塾というのとは少し趣が違う。少なくとも斎藤先生自らが行なう英語の講義は、とうてい中学校の試験や高校受験のために役立つというようなものではなかった。

■だいいちテキストも辞書もほとんどが洋書である。初等中等のものも、文法書も、とにかく日本語がまったく書かれていないのだから、昭和元禄のぼんくら中学生は大いに閉口した。そして二年目からは、HGウェルズの『ショート・ヒストリー・オプ・ザ・ワールド』(「世界史概観」)とテニスンの長詩『イノック・アーデン』が読本として使われた。

■そんな講義が中学生にわかるはずがない。現在の僕でもわからないという自信がある。これでは大学の英文科なみの内容である、おそらく。

■斎藤先生は、当時でもう八十を越えたぐらいのご高齢であったはずだが、矍鑠(かくしゃく)としていて、そうして実に恐かった。

■私語などが見つかれば、容赦なく体罰があった。教場の前に呼び出されて宮島特産の大シャモジで腕を叩かれるのである。かつてイギリスの映画で、パブリック・スクールの生徒たちが教師に尻を擲たれる体罰を恐がる場面を見たことがあるが、あんな感じである。「こら、前へ出て来い」と言われると、それはもう、震えあがるほど恐かった。

■大小の教室二つと待合所がある塾の建物は、旧い木造モルタルの質素なものだったが、しかし、あれほど奇麗で清例な学校を他には知らない。

■講義が終了すると、どんなに冷たい真冬の夜であろうと、すべての窓を開け放って徹底的な清掃が行なわれたからだ。斎藤先生が直接の陣頭指揮に立つのだから、当番はとうてい手が抜けないのである。床も、便所も、いつでもぴかぴかだった。

■まあ、名物堅たるゆえんは以上のようなことによる。何だか存在そのものが明治時代の遺物のような塾だった。

■そして、その塾に三年間通った僕がいったい何を学び何を身につけたかというと、とうに鬼籍に入られた斎藤先生にはまことに申し訳がないが、実はほとんど何も身にはなっていないのである。

■とにかく勉強の上でのことは全滅である。

■ほんの数人いた本物の秀才たちをのぞけば、一緒に通った仲間たちも似たようなものだろう。僕の場合、せいぜい、すみずみまで掃除の行き届いた清らかな教室の匂いを、体感として憶えているくらいだ。

■ただし、最近の僕は、その記憶を有り難いものと感じるようになっている。

 

舞台4 ■さて、どうしてこんな話を長々書いたかというと、実は先年亡くなられた俳優座劇場の倉林先生の風貌が、どことなくこの斎藤先生に似てらしたのである

■以前からお会いするたびに懐かしいようなして、ずっと不思議な心持ちだったのだが、合同葬儀の時に舞台上に飾られた遺影を見ていて突然斎藤先生を思い出し、「ああ」と合点がいった。

■そして、それが倉林先生おひとりの感化によるものなのかはわからないが、この俳優座劇場という場所にも、あの斎藤英語学校の教室と同質の、ピンと張りつめた清例な気が充ちていると思った。

■実に実に個人的な感想で中し訳ないが。

■倉林先生からお呼びがかかり、「関越地区の鑑賞団体ブロックとの共同企画で、作家として君の名が出ている。引き受けてもらえないか」と言われ、生意気にも「鈴木裕美さんに演出を引き受けてもらえるなら」という条件を出してお受けした後、関越ブロックの会員さんたちのアンケートを読ませていただいたりして、どんな作品にしようかとあれこれ考えた。

■そして、結局最後はこんなふうに思った。

■清らかな物語を書いてみよう。

■少なくとも、僕にとって「清らかであるとはどういうものなのか」を考えながら台本を書いてみよう、と。

■それが、倉林先生から依頼された仕事にふさわしいという気がしたのである。

■その成果を見ていただけぬうちに倉林先生は逝ってしまわれたが、それでも、この考えは間違っちゃいなかったと思っている。

(初演パンフレットより)


配役

高橋長英 猪原正義 高橋長英
(境事務所)
森塚敏 猪原平八(父) 森塚敏
(青年座)
藤本喜久子 猪原智子(娘) 藤本喜久子
(無名塾)
浅野雅博 藤井秀一 浅野雅博
(文学座)
歌川雅子 中学教師 歌川雅子
(自転車キンクリート)
酒井高陽 警官 酒井高陽
(劇団M.P.O.)
松島正芳 片山(智子の婚約者) 松島正芳
(俳優座)

スタッフ

マキノノゾミ マキノノゾミ
鈴木裕美 演出 鈴木裕美
美術 川口夏江
照明 森脇清治
音響 小山田昭
衣装 宮本宣子
舞台監督 伊達一成
舞台統括 荒木真人
イラスト 沢田としき
宣伝美術 勝木雄二
企画制作 俳優座劇場+関越演劇鑑賞団体連絡会議

上演予定

 鳴門市文化会館

 10月17日(金) 夜6:30〜

 上演時間 2時間45分

 ※約400台の無料駐車場あり    

 徳島市文化センター

 10月14日(火) 夜6:30〜

 10月15日(水) 夜6:30〜

 10月16日(木) 昼1:30〜

 阿南市市民会館

 10月18日(土) 夜6:30〜


E-mailでのお問い合わせは        鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。