オセロー

鳴門市民劇場感想集

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三田和代さんがデズデモーナをとても可愛く演じられて、オセローの嫉妬にかわいそう、とつい劇中に入りこんでしまうぐらい夢中になって観てしまいました。イアーゴー役の平岳大さんもなかなか良かったと思います。

「疑いだしたら、坂道を転げだすように落ちてしまうものですね。」よく表現していました。

最後までがまんして観た。良かった。芝居の醍醐味を味わった。阿南まで観に行ったかいがあった。

一幕では探り探りの内容が、二幕ではグッと引き込まれました。余りにも哀しい結末に信じるものの見極めの大切さを痛感しました。やっぱりハッピーエンドを望んでしまいます。それにしても親子共に素敵な声でした。

ストーリーがわかりやすく、平幹二郎さんの演技はさすがでした。フラメンコダンスや照明や効果音などエンターテインメント性に富んでいたと思います。

舞台全体に迫力があった。イアーゴーがとっても良かった。

期待していた通りに特に後半がよかった。三人の呼吸がピッタリ合った舞台に吸いつけられた。ラストシーンには感激! 感激! 舞台写真2

三田和代さんがよかった。あの歌が心に響き、残っている。うまいのだ。セリフを言うかすれた声は、デズデモーナのイメ―ジではないが……。
  平岳大さんも好演だ。父の七光りではない。高名な役者を父に持つということは、大きな壁を自ら設けるということ。
  平幹二郎はじめ、役者さんも熱演だった。毎晩、こうした演技をしている彼ら……。それを動かすエネルギーや意思は、どこからきているのか?
  嫉妬という緑色の化け物を呼び覚ます。そんなくだらないことをするくらいなら……と考えてしまう。
  シェイクスピアは、どんなトピックスからこの劇を作ったのだろうか? 事実は、常に小説よりも奇なるものだが、それにしても結婚後それほど時間が経たぬうちに殺されるデズデモーナは、哀れだ。

オセローの演技がダイナミックですばらしかったです。

平幹二郎さんの迫力ある声、演出、十五世紀前半の華麗な女性の舞台衣装に魅せられました。平幹二郎のシェイクスピア「リア王」の親子共演が印象に残っていたが、久々の親子共演でイアーゴー役の平岳大の演技力、成長ぶりに感動した。        

前回の「冬物語」同様、大いに楽しませていただきました。シェイクスピアの他の作品についても、是非観劇したくなりました。

いつの世も激しい嫉妬は悪い結果を生むものですよネ。「オセロー」役の平幹二郎さんは観劇する我々をぐいぐいと劇の中へ引っ張って行ってくれ、演劇時間があっという間に終わっていました。良かったです。

初めは暗くとりつきにくかったそうですが、重厚だしセリフもしっかりしているし、とても見ごたえがあったとの話でした。平さん父子、やっぱり違う。輝いているとのため息まじりの感想も聞きました。

あらすじがよくわかっていなかったので難しかった。タップダンス、フラメンコは素敵でした。

だんだん沈んでいく気持ちを三田さんの清らかな歌声でとても軽くなりました。以後集中して観えました。

なかなかよかった。前でみて迫力がありました。

ストーリーはだいたいわかっていたので展開がとても楽しみでした。なんとも悲しい結果。とても印象に残る作品でした。舞台装置はよく工夫されていたと思いますが、ずっと暗い感じて出演している人の顔もわかりにくいように思いました。また、イアーゴーのセリフが多かったせいでしょうか、岳大さんの言葉が早口で少し聞き取りにくかったです。

平幹二郎さん、三田和代さん、若々しくて素敵です。平岳大さんはハンサムでこれからが楽しみです。妻や部下、友は信頼したいものです。人間ってバカで単純で弱い者ですね。

大変よかった……。だんだん引きこまれていきました。言葉のこわさを思い知らされました。

長いセリフを覚えて一生懸命に言っているのに感心させられました。

フラメンコの足拍子、激しい落雷の音響効果、更に薄暗い舞台がオセローの愛するが故の激しい嫉妬が強調され素晴らしかった。部下の言葉を信じて、美しくやさしい、清らかな心の妻(デズデモーナ)の言葉を信じ妻の話に何故耳を傾けてあげられなかったのか。愛すること信じることの大切さ、思いやりの心こそが大切なのに!! オセローから再認識。この様な事が現実にならない様祈る。平幹二郎さんの迫力と三田和代さんの美しさ本当によかった。

哀愁をおびたフラメンコが劇を一層引き立てて感動でした。 稽古風景

平幹二郎さんの演技に感動。信じていた部下の策略にはめられ、愛するがゆえに激しい嫉妬に苦しめられるオセロー。人間の心の中の複雑な感情を思いました。
  機関紙でオセローの時代背景がよくわかり、観劇の参考になりました。

最初は何を言っているのかわかりませんでしたが、舞台が進むにつれ見ごたえのあるいいお芝居でした。それにしてもあれだけの夫婦愛があっても人の中傷的な言葉であんなにも、人の心は変わるものなのかと勉強させられました。
  運営サークル当番例会だったので、サークルに6名の新しい仲間も加わり観劇しました。初めて「舞台」に接する新会員さん達、久しぶりに(?)観ることができた人達には、迫力満足。これぞ演劇! というかんじでよかったようです。

シェークスピア「オセロー」とは……と考えると私たちの時代を遥かに超えた王朝貴族時代の難しい、暗い印象の悲劇物語だということしか浮かびません。
  人間、だれでも嫉妬や猜疑心という心の感情はもっています。女を溺愛する男はそれを忠実ぶって巧妙につく部下の、嘘を見抜くことができないのでしょうか?……。
*イヤーゴーの台詞の話し方、歯切れが悪い。衣装のせいかタップもぎこちない感じ
*オセローも自分の世界の中で自己陶酔して台詞をしゃべっているように聞こえ、解釈しづらかった。
*最初から終わりまで舞台照明が暗く、最後のカーテン・コールの時ぐらい照明を明るくしても良かったのでは……。 せっかく顔を見に来ているのにという会員の言葉
*デズデモーナの演技は素晴らしく声も良く通り実力派女 優の貫禄をみた舞台でした。

オセローの人生を描いたドラマであり、脇役の名演技で嫉妬の毒が男を狂わす名作のドラマである。名俳優の主演で劇中に吸込まれる悲劇の物語であったと思う。これも男の人生かな……。
  どんなに愛し信じていても嫉妬という悪魔にとりつかれると人間は考えられないことを起こしてしまうものだと思いしりました。悪意のスペイン名の男イアーゴーの舞台で踏み鳴らすフラメンコの足拍子が悲しさをつのらせました。

お出迎えに参加した。平さん親子、他のキャストの方も素のメーキャップ前の姿に接したが、歓迎の出迎えの幕にもあまり感動の様子が見られなかったのが意外でした。
  さて舞台上では役になりきって熱演、力演で、特に平幹二朗のオセロー、イアーゴーの平岳大の親子掛け合いの演技は見ている側にも力が入りました。
  ストーリーは有名なシェークスピア四大悲劇の一つで有名な作品と知っていましたが、実際に観劇したのは初めてでしたので、それなりに感動もしましたが、イアーゴーのオセローへの憎しみ、オセローのデズデモーナへの激しい嫉妬の中身が意外と単純で人間って愚かな面があるのだな、イアーゴーの忠実な仕事、裏にある陰険な二重人格の部分を見抜けなかったのか。妻への信頼がそんなにもはかないものなのか、人と人との関係を考えさせられました。
  機関紙でオセローの時代やムーア人社会について詳しく解説して書かれていたので観劇後ではあるが時代背景はよくわかりました。
  機関紙の楽屋訪問のページ「日色ともえ」さんのインタビュー内容のメッセージの「観たい観てほしい」という点の新鮮な出逢いがたくさんできれば…と、あったのが嬉しく共感を覚え、日色ともえさんがより好きになった。 稽古風景

2006年最後に最高の俳優スタッフに恵まれ感動シーンが数多くあって劇中に吸い込まれていき、名作に久しぶりに酔ってしまいました。この様な作品には地方ではなかなか恵まれず、今後年2回くらいは名優さん作品を期待します

原作の良さと合わせて、演出のすばらしさ、高度の演技力に深く感動をしました。

ものすごく話の中に引き込まれました。こんなに見入ったお芝居ははじめてかも? 人のパワーは凄いと思いました。(特に平親子はすごい!!)人は言葉を話せる生き物で素晴らしいことなのですが目で見たものを信じるのではなく信じている人の言葉を信じてしまう……。そんな悲しい部分もあるんだなぁと感じました。水の音だけでベニスを感じられたのが良かったです。

平幹二郎の「オセロー」は真に迫るものがあり大変すばらしいかったし、三田和代は可愛く可憐でした。悲劇ということは初めからわかっているのだけれど、あまりにも悲しい結末で、なかなか心が鎮まりませんでした。忘れられないものの一つになると思います。

久しぶりにいい劇が観賞できて本当によかったです。

役者さんの堂々威風たる存在感、重厚な舞台装置、陰影のある照明の使い方、メリハリのある音響、どこをとっても「これぞ演劇!」という本格的・正統派の作品でした。ただやっぱりシェイクスピア作品、「それはないよなあ」と思ってしまうストーリー展開で自分の生活や考え方に何らかの糧になるかどうかという点では(つい現実的にそういう視点で評価してしまいます…)、私にとっては何かが強く心に残るというタイプのものではありませんでした。でもそれが「シェクスピア」なんでしょうネ。きっと浅い観方しかできていないせいで(きっと「ありえない」話でも何か意味があるのでしょう?)、楽しみ方をもっと勉強しないといけないのかな。

少し苦言を、オセローに対しイヤーゴが何故全幅の信頼を得ているのか、どうしてもわからなかった。おしえて下さい。

人間の心の弱さ、しっとの嵐が信頼をも崩壊させる。そのあたりがよく演じられていた。

今回前の席での観劇で後方の席での観劇とは違うものがあり、出演者の表情もハッキリ、むずかしいせりふ回しの作品ですが見ごたえがありました。
※ワイワイ 平幹二朗さんの今までのイメージと違い、容姿(顔、スタイル)が若々しく見えて、でも声は平幹二朗さんだったわネ。……ガヤガヤ

サークルで、とてもよかったと言う人と、あまりよくわからなかったという人に分かれてしまいました。それぞれの考え方や思いがあると思いますが、多くのジャンルの観劇ができる、市民劇場のよさが反映していると思いました。
  もう少し照明(舞台の上の)を明るくと思いました。
  さすがベテラン・平幹二朗のすごい演技に魅了されました。すばらしかったです。

シェイクスピアの「オセロー」それは悲劇の芝居なんだとしか把握していなかった私の場合、前半は話の内容が掴みきれないまま芝居が進みました。後半に入って行くとベテランの俳優の方々のすばらしい演技と声量感あふれるしっかりした美しい声のおかげで芝居の内容も私の中に自然に入ってきました。
  後には本当にすばらしい芝居だと感じ入りました。本当に よかったです。 稽古風景

体調不良のため残念ながら観劇出来ませんでした。
  元来洋物は不得手ですが(理由のひとつは、名前と役柄を覚えるのが大変だから)、平幹二朗は好きで、オセローの役柄がぴったりの名優だと思っていたので、残念でした。
  そのようなわけで今回は感想が書けませんので、観劇に備えて読んでいた菅泰男さんの翻訳(岩波書店)の感想文を投稿させていただくことにしました。 
  シェイクスピアは悲劇、喜劇、歴史劇にわたる多くの作品を書き上げています。1660年に36歳で「ハムレット」を書き、その後40歳で「オセロー」、41歳で「リア王」、42歳で「マクベス」と立て続けに四大悲劇を発表(作者最盛期の作品)。この中で「オセロー」は、他の悲劇のように運命の存在の意識等、想像の世界が拡大されないため、その世界は狭く、その上『嫉妬』を扱っているから「圧迫された感じ」、「暗い宿命の感じ」「閉じこめられた感じ」を受けるといわれています。だから「オセロー」は、シェイクスピアの全悲劇中最も痛ましい興奮を与える最も恐ろしい作品ともいわれてもいるようです。 
  実際のオセローは、アフリカ人だったが黒人ではなかったともいわれているようです。一方劇場で、黒く唇が厚いといわれ、以降舞台では褐色の肌で現れたともいわれています。今回の舞台では褐色の肌で現れましたか? 
  当時から人種上の偏見があり黒人と白人少女との結婚はとんでもないと考えられていましたが、それを乗り越えて二人が恋愛し結婚することにこの悲劇の主目があります。 
  観てないのでわかりませんが、劇では緩急に富んだ時間の使い方(二重の時間)をしているといわれているようです。悲劇はどんどん運ばれ、第一幕は一夜の出来事、第二幕との間には時間の経過があるものの、それから終わりまでの33時間ばかりはどんどんすすみ、その速さがオセローに反省の余裕を与えないため、彼の激情の奔流感を強め、悲劇感を高めるのに効を奏しているようです(どうだったのでしょう)。 
  が一方、随分長い時間の経過を示すセリフが随所に点在するといわれています(今回の舞台ではどうだったのでしょう?)結婚後わずか一日そこそこで妻を殺すのはおかしいし、第一その間に姦通が起ころうはずはないのだから、長い時間の経過を暗示することもまた必要でしょう(今上演ではどうだったのでしょうか)。 
  現実的にはかなり不合理で矛盾した話でも、悲劇の次元に乗せられた観客には何ら不思議は感じられなかったのかどうか?後で指摘されるまで気づきもしない、興味ある演劇的次元の時間使用法を使っていたかどうか?観劇された皆様はどのように感じられましたか? 
  やはり観ていないとどうしようもなく、こうしたただの感想文はわけのわからないものになってしまいますが、今回は想像の世界で楽しみました。  

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