司会の藤田幹事より、本日の主旨、加藤 健一さんのご経歴等を紹介
1.はじめに 大勢の方ですね。今日は「Be My Baby」を盛り上げるために東京からやってきました。このポスター貼っていただきありがとうございます。これはね、東北の震災のときに東北のために作りました。あのときはガクッと会員が減りましてね。なんとか盛り上げようとして多くの俳優が集まって作ったのですが、せっかく作ったので、と、各地にも送ったものです。 2.映画「母と暮せば」について 山田 洋次監督は、ずっと私の芝居のファンでいてくださって、私の舞台を長年見てくださっていたんです。いつも楽屋前の廊下などで「いい仕事をしているね」と言ってくださっていたのですが、あるとき楽屋の中に入っていらして「君は映画はやらないの?」と。「このようにずっと舞台に出ているのでスケジュールが合わないと思います」というと「それは、縫うから…」とまでおっしゃってくださって。普通は洋次さんの映画に出るならずーっとスケジュールを空けておかないといけないんですが、僕のスケジュールに合わせるから、舞台をやりながらでも良いと言ってくださった。そんないきさつで出演しました。そのとき私は「バカのカベ」という舞台をやっていたので、その合間に、時には1日空くからということで公演地の北海道から東京に戻って来て撮ったりもしました。そういう監督は珍しいんですが、おかげで面白くできました。そしてその演技で「毎日映画コンクール・男優助演賞」というのをいただくことにもなりまして・・・。授賞式はまだなので、正式にはまだもらってはいないんですけど(笑)。 この映画は井上 ひさしさんのお嬢さんで劇団こまつ座代表取締役社長の井上 麻矢さんの企画なんですね。私は井上 ひさしさんの大ファンで、舞台の「父と暮せば」をずっとやらせていただきたいとお願いしてたんです。それがこんなきっかけでゆかりの作品に出られて不思議なご縁です。この賞をいただけたのは嬉しいです。舞台の方ではたくさんの賞をいただいているんですが、映画の賞は初めてです。 3.加藤健一事務所の話 加藤健一事務所は演劇をプロデュースをする事務所です。プロデューサーは私であと5人の制作者がいます。私が年間約200本ぐらいの本を読んで、新作ものを2本くらい決めて、キャストやスタッフも決めて、それを制作者に渡します。なぜこういう形態にしたか、それは、「自分が作りたいものを作りたいから」!このスタイルで36年くらいやっていて、年に3本くらいのペースで百数十本を作ってきました。好きな役者とスタッフで仕事が出来る、これがプロデュースのいいところです。こまつ座や、もうありませんが地人会が同じスタイルです。その他俳優座劇場プロデュースというのもあります。これらの団体には役者はいないんです。 すべてを決める私の"目"がいいから(笑)、ずっといい作品が作れるんですね。加藤健一事務所の作品は何をみても面白い!と言っていただけるのですが、それは、私ひとりが決めているからです。決める人が複数いると、審美眼が色々ということで、バラバラになってしまいます。でもプロデュース公演には弱点もあって、出演者に対して強制力がないので、場合によっては、初演と同じキャストで出来ないこともあるんです。でも、今回は初演時と同じメンバーで出来てよかったです。 4.「Be My Baby」について この作品、例会を広めてもらうために、知っていただきたいと思うことをお話します。 この「Be My Baby」は、スコットランドとイングランドの対立が縦軸になった芝居です。勿論スコットランドはイギリスの一部ですが、スコットランドとイングランドは歴史的に仲が悪くて、スコットランド人は今でも自分たちのことを"イギリス人"とは名乗らないんですよ。何世紀にもわたる戦争の歴史の影響や、文化が違うことがあったり、誇りもあるんでしょうね。そんな社会的な問題が背景にあるお芝居なんです。 私が演じる"ジョン"はスコットランド人。ジョンは、私の息子・加藤義宗が演じるクリスティに仕えている後見人のような人です。このクリスティが、高畑こと美ちゃんが演じる女の子・グロリアに惚れて結婚したいということになるのですが、そのグロリアのおばさんである阿知波悟美さん(モード)が、イングランド人なんです。なので、ジョンとモードは対立関係なんですね。その後、結婚した若いカップルには赤ちゃんができるのですが、残念ながら流産してしまいます。そこに、ちょうど米国に子供を養子に出したい人がいるというので、それならその子をもらおうということになるんです。でも、妻が流産して体力の復活していない若い2人は動けない。そこで代わりに、仲の悪いジョンとモードが、赤ちゃん、Babyをもらい受けに行くことになります!案の定、道中はケンカばかり。でも。実際に無垢なBabyが2人の間に入ると、少しずつ譲り合うようになって…みたいなストーリーです。 イギリスの正式名は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」というんですよ。長いでしょう。そのイギリスで2014年にスコットランドが独立すると言い出しましたよね。あの独立問題で頑張った人の中には、スコットランド人のショーン・コネリーもいました。それで選挙が行われて、結果はギリギリで独立しない方に決まったのですけど。もし独立していたら、この芝居、わかりにくいものになっていたかもしれません。この作品を通して、イングランドとスコットランドだけでなく、世界中が平和になってほしい、という作者のメッセージが広く伝わるといいなと思っております。 それから、タイトルの"Be My Baby"ですが、これには2つの意味がありまして、1つめはそのまま「私の赤ちゃんになって」ですが、もうひとつ「私のかわいい恋人になって」という意味もあります。劇中「Be My Baby」という音楽も使われます。ザ・ロネッツのヒット曲です。これは作家が台本の中で使うように指定してある曲なんです。ほかにプレスリーの曲なども出てきますよ。 5.出演者について 阿知波さんは劇団NLTの重鎮です。私とは10歳違って、若いですよ。北海道出身。加藤健一事務所出演は初めてなんですが、喜劇の呼吸はバッチリです。これまでもずっとオファーはしていたのですが、映像も出られていますしなかなかスケジュールが合わず。今回、やっと出演していただけました。 加藤 忍さんはカトケン事務所の俳優教室の出身です。韓流ドラマ「トンイ」をご存知ですか、あの主役のトンイの吹き替えをやっています。声がいいですね。2004年に第39回紀伊國屋演劇賞個人賞、2007年に第62回文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞されています。今回はひとり8役も演じます! 粟野 史浩さんは文学座です。こちらはひとりで9役です!「わが町」は観られましたか?あの作品で、土居裕子さんの相手役をやってました。 この、ひとり8役、9役というのは鵜山演出ではなくて、本にちゃんと書いてあるんです。着替え等がたいへんなんですが、早変わりもこの作品のみどころです。わざと着替えながら出てくるところもあります。わざと、です。 加藤 義宗は、私の息子ですが、私に似ています(笑)。所属は加藤健一事務所ではなく別の事務所にいるので、出てもらうには所属事務所を通してギャラ交渉とかが要るんですよ(笑)。 高畑こと美ちゃんは、高畑淳子さんの娘さんですね。今は弟さんの方がテレビによく出ていますが…。こと美ちゃんとはコンサートでもよく私と共演しています。年末にコンサートライブをしていて、そこで一緒に。 6.「Be My Baby」にかける思い 仲が悪かったスコットランド人とイングランド人が仲良くなっていく話です。無欲な赤ちゃんを間に置くことで仲良くなるという話。日本もですが、隣国と仲良くとか、作家の大きな思いがあるのだろうなと思っています。爆笑喜劇だけどなぜか泣ける。 コメディーというのは日本ではなぜか軽視されるんですね。加藤健一事務所はシリアスものと半々くらいですが、いろんな賞はだいたいシリアスものに与えられる事の方が大多いです。 でもいいニュースがあるんです。"笑うこと"でNK細胞が増えてガンが治る、そんな話があります。「バカのカベ」のとき、「もうちょっと風刺が欲しい」という評価もあったのですが、笑うだけでも心と体の健康にはいい。幸せになれるというんですから。実際、医療の現場で治療法としても使われているそうですし、コメディーにはそういう力があるんですね。加えて内容もある!病も治るしためになる!(笑)昔から「笑う門には福来る」と言いますよね。昔から言われていることが科学で証明されたんです。コメディーをやる人には力強いニュースです。 その他の効果も調べられています。笑うと腹筋や横隔膜が鍛えられて便通がよくなる、また、血圧が下がる等。 コメディーを低くみないでほしいですね。ギリシャ悲劇の時代から喜劇もあるんですよ。 7.市民劇場への思い 市民劇場は我々を長いこと支えてくださいました。でもそれ以外に、一番やってくださっていることは、「私たちの良心を守ってくださっている」ということです。「いい芝居を作れば、そこに市民劇場がある!」。市民劇場があるから、我々は流行に流されず、信念をもって芝居を作れるんです。もし市民劇場が無かったら、「アテなきゃ」という気持ちになってしまいます。「派手」になっていきます。雑念が入ってきます。作り方が雑になります。市民劇場が「いいものを作れ、そうしたら、観る」と言ってくださるので、安心して本当にいいと思えるものを作ることができるんです。 私はテレビは嫌いなので悪口が言えるんですが(笑)。今のテレビのバラエティー番組って、赤と緑と黄色が多いでしょう。これ、信号の色なんです。信号の色は、目立つから信号の色なんです。この色が画面で次々切り替わるというのは、絶対からだに悪いですよ。だから皆さんには、からだにも心にもいい舞台をもっと見てほしい。そして、これからも守り広めていってほしいと思います。 皆さんにとっては、どうしたら誘えるのか、ということが問題だと思います。そのために私たちが絶対にやらなければいけないことは、初演からは必ずバージョンアップすること。そこは任せてください!(拍手)「誘ってもらってよかった」という芝居に、絶対、します(拍手)。だから安心して誘ってくださいね。それにプラスして、もう少し私が何かできることがあれば何でもします。取り急ぎ今は、ニュースがあればお誘いの活動でプラスの情報を相手に伝えられるかと思い、思いついたことをすぐ手紙に書いて皆さんに送ることにしています。皆さんからも何かこういうことをしてほしいという要望や名案がありましたら、ぜひ私に教えてください。市民劇場のために、やれることは何でもやっていきたいと思っていますので。 市民劇場・鑑賞会では、セリフが聞こえにくいということが問題になっているところも多いようですね。でも、加藤 健一の声が聞こえないというのは、各地の例会を回っていても、まず聞いたことはありません。それに、私自身も皆さんに自分の声がよく届いているという自信があります。役者に必要なのは「@声、A顔、B姿」。声が最も大事なのですが、不自然な発声ではダメです。リアルに聞こえないと。発声のトレーニングには時間がかかります。テレビに出たりしてチョロチョロしていられないくらい、時間がかかります。舞台俳優はどうすれば…ということを、私は今日までずーっと考えながらやってきました。声を大きくすると聞こえるというわけではないんです。発声のとき自分の体が響く、劇場も響く、これが合わさると「よく聞こえる」んですよね。 加藤健一事務所では、"劇場によってしゃべりを変える"方針をとっています。いろいろな考え方があって、変えないという劇団もあるのですが。「残響指数」によってしゃべるスピードを変えることも必要です。劇場の大きさによって変える。でも、変えても「戻れる力」が必要です。 マイクを使ってくれと言われることもありますよね。でもマイクは…それによって起こる問題というのがなければ使ってもいいのですけど…。例えば、加藤健一事務所は、東京の公演は下北沢・本多劇場でよくやっていて、目の不自由な方のための舞台説明会というのを毎公演につき1度設けることにしていて。それに来て下さる盲導犬を連れたお客さんが「映画は"絵が動かない"から行かない」というんです。映画館はスピーカーからしか声が聞こえてこない、対して舞台は人間が動きながらしゃべるから、わかるということだそうで。"人間が動くのがいい"ということなので、マイクを使うとそれはなくなってしまいますよね。これから高齢化の時代になると、どうしても聞こえにくいということもあって、そのための何らかの対応は要るかもしれないのですが…。たとえば、聞こえにくい方々には一か所に居ていただいて、その場所にだけ聞こえるようなマイクを設置するとかね。 <質問コーナー>
加藤さん:どうぞなんでも聞いてください。Q:マイクを使われない理由は何なんでしょうか。 A:マイクを使うと役者さんの力量が出せない、自由に発声できないということがあります。PAで調節すればいいといわれるかもしれませんが、そうすると、声が小さい役者に合わさざるを得ないんです。聞こえる声が出せる人には残念なことになります。「声が響かない役者」というのは、いるんです。それでマイクを使った場合、音量をその人に合わせることになってしまうんです。 Q:そういうことは自然にできるのでしょうか。 A:どの劇団でも「声を鍛える」というのは基本にしていると思います。ただ、ミュージカルとかは、楽器の音などが大きく入り、それに"勝つ"必要があるのでマイクを使わざるを得ない、というところがあります。良い環境であれば、マイクを使わなくても役者の"息遣い"まで聞こえるんですよ。そういう音もきかせたいし怒鳴る声も使いたい。そういうことが、マイクを通しては無理なんです。 Q:「モリー先生との火曜日」のときに、客席での咳もわかるとおっしゃっていてすごいなと思いました。 A:咳をするときって、その前に「こらえる」という瞬間があるんです。それがわかります。咳の音を縫って台詞を言うこともやります。でもあるとき、風邪がはやっていたのか、何十人もの人が一度に咳をするみたいなそんな状況になったことがあって、さすがにそのときは"縫えなかった"ですね(笑)。それから、"縫える"のは遠慮して咳をする人だけですね。こらえるのがわかるから。遠慮なくいきなり…の人には、できません(笑)。 Q:三十何年もそういうことを続けてこられたのはすごい能力だと思います。 A:いえ、ただ台詞を聞かせたいという一心だけです。咳だけでなく、他の音も縫うんですよ。声のボリュームで調節することもあります。 とにかく、ナマ、ライブですから、いろんなことがありますよ。その日その日でいろんなこと。お客さんの笑い声もそうですね。合わせてドン!フッ!と、声を上げ下げします。"その日"を最高にしたいと思ってやっています。ただ、「上げられるだけの声」をもっていないとできないことです。 Q:すごいですね〜。 A:"しごと"ですから(笑)。 Q:36年というととても長い期間ですが、その間に、アクシデントなどで公演ができなかったことはありますか? A:いえ、日ごろの行いのおかげでしょうか、そういうことは無いんです(笑)。加藤健一事務所は36年、役者をはじめてからは40何年になりますけど、四国の例会のどこかで、上演中に地震が起こったことがありました。そのときには会員さんたちが出て行ってしまって中断しましたが、その後、おさまったらまたほとんどの方が戻ってきてくださったんです。普通はもうそのまま帰ってしまうかと…。で、わかりやすいところから再開しました。また、京都の手打ちの公演では、公演の直前に爆破予告のようなものがあったこともあって、全員一旦外に出ました。そのときは警官が調べて何もなかったので公演はできました。そういうことはありましたが、公演がとんだことは一度もありません。日ごろの善行は大事ですね!(拍手) 東北の震災のあとはたくさんの公演がとびました。再開できるようになったとき、その初の例会が加藤健一事務所だったところがあるんですが、それまでの劇場は使えず、別の場所でやることになって…。で、その会場を予約できるのが先着順ということだったんですけど、会場をとるために3日間並んでくださった会員の方々がいました。もちろん交代で、ですが。そしてそのときにはカーテンコールで客席の全員がスタンディングオベーション。嬉しかったですね。ああいうひどいことが起こっても、悪い方向に行くのではなくて、新しいエネルギーが生まれることもあると感じました。 司会:いい作品をつくれば、そこに市民劇場がある、という、先にいただいたお話にも関係するいいお話でした。 Q:私たちは観る側ですが、やる側としてはどういう観客が望ましいですか? A:ちょっと言いにくいですね(笑)。こちらには"たくらみ"があります。なので、「打てば響く」お客さんがいいですね。子供でも、大人より早く反応する子(笑ってくれる子)がいるんですよ。そういう子が広島にいたんですが、その子はその後女優になりたいと言いました。また、東京にもいたんですが、その子は小田島創志君。小田島雄志さんのお孫さんです。 「打てば響く」、お願いしますね(笑)。 たとえ面白くなくても笑う…というのもね(笑)。 Q:作品はすべて加藤さんが決められているということでした。演出家も名だたる方ばかりですが、演出はされないのですか? A:したことはありますが、今回はしません。キャスティングのみです。あとは一切何も言いません。任命責任はあると思っていますが。 Q:加藤さんといえば、旅公演のときにもトランクには脚本がいっぱい詰まっていて、時間さえあればいつでも読まれているというイメージです。脚本をいつも読んで考えておられると思っていますが、そういう風に自分で描いているのとは異なる演出になってしまうときもあるのでは?そういうときにも任せるのですか? A:120数本やってきて「ちがう」と思ったのは2本だけです。それは、失敗でした。でも通常その人のつくる舞台を観て選ぶので間違いは少ないです。2/120ですね、間違いは。役者の方も、見分け方ですが、舞台に出てきて一歩あるいたらわかりますよ。一言の台詞を聞くだけでわかるものです。うまいか下手か…。でも「いい人」かどうかは別です(笑)。のど自慢なんかは見てわかるでしょう。一瞬でうまいか下手か…それと同じです(笑)。一緒に遊びたいかどうか、私は一緒に劇をつくることを"一緒に遊ぶ"と言っているのですけど、一緒に遊びたい人かどうかがわかるには時間がかかりますね。 Q:下手そうに演じている人もいるように思います。 A:下手でも面白い人は確かにいます。トビ道具的ですね。でも、少しの間ならいいですが、長く出られるの…は困ります。素人の方、地元の方にちょっと出ていただくことってありますよね。一瞬なら、面白いんです。 Q:若手の養成所をされているときいたことがあります。若い人の育て方やポイントなどがありましたら教えてください。 A:養成所は23年間やったのですが、やめました。申し込む人がいなくなったので。今は声優部門をつくらないと人が集まらないんですね。でも声優はやったことがないので、声優部門を作ってその指導をするのはインチキくさいでしょう。 教えることはたくさんあるんですよ。やっていたときには10人くらいの先生で、日舞や洋楽やパントマイムなども教えました。もちろん私も演技を教えましたが、一番大事にしたのは「みる方向」。私は19歳のときに小沢昭一さんの"劇団俳優小劇場"に入れていただきました。市毛良枝さんは同期で、風間杜夫さんは1期下です。演出家には早野寿郎さんがいらっしゃいました。19〜20歳のときにそこにいたのですが、私はもともと悪ガキで頭が悪かったんです。あ、今は頭いいですよ(笑)、いっぱい本を読んで勉強してますから。それで、市毛さんはすぐに名が売れて養成所には来なくなったので、自分も早く売れたいなあ〜とか、バカなことばかり考えていました。そのとき早野先生に「役者というのは、芸術の女神の衣の裾に一瞬でも触れられるようにと、ずーっとジャンプし続けるものだ」というようなことを言われて目が覚めました。もちろんそのときにすぐにはよくわからなかったですが、少しずつ、わかったんです。「演劇は芸術」ということ、それを若い人に教えたい。技術はうまくなり得ますが、でも「向いている方向」を誤らないようにすることが大事。それを教えても受け取る人は少なく、またすぐ忘れますが…。芝居がうまくなると名声やお金がついてきます。そうすると見間違うんです。誰に向かって何をつくらないといけないのか、それを、つい、忘れます。 そういう教えについてくる人は少なくて、安易に声優になりたい、とか言う人が多くて…。 Q:「詩人の恋」のときには歌声にも感動しました。さきほどおっしゃっていたコンサートというのはどういうものなんでしょうか。 A:こと美ちゃんと私、加藤 忍さん、あと日下 由美さんとか清水 明彦さんとか鵜山 仁さんとか。好きな歌を歌います。カンツォーネ、シャンソンなど。だいたいクリスマスの時期に、50人くらいのお店でやります。鵜山さんはマイクをはずしてクラシックを歌うんですよ。なんでも小学校から合唱をやっていたそうで、慶応では男声合唱部。ミュージカルの「シカゴ」にも出演されているんです。元々役者がご志望で。もっとも文学座の人たちは、鵜山さんが歌いすぎてイヤだと(笑)。トゥーランドットの曲を歌われることもありました。オペラのたいへんなところは、作曲家がつくったキーをおとさずに歌わないといけないところ。我々は好きなキーにしてもらって歌いますけどね。小田島雄志さんは御年85歳で「妹よ」を歌われました。でもそのときは「伴奏はいらない」「ほかの人は誰も歌うな」という条件付きでした(笑)。 Q:加藤さんがたくさんの脚本を読まれたうえで、やろうと思う作品を選ばれるときのポイントは何なんでしょうか。 A:「自分が感動するかどうか」ですかね。あとは「自分が出れるかどうか」。日本のものでも外国ものでも、喜劇でも悲劇でも、ジャンルは問いません。なんでもやります。時代劇もやるし(「滝沢家の内乱」など)、シェークスピアもやったことがあります。 Q:加藤健一事務所の作品は、コメディーもシリアスものもなんでも面白いですが、洋物のコメディーでは、他の劇団のもので、笑えないな(理解できないな)、と感じることがあります。 A:難しいものや不条理劇は自分が良いと思えないので選びません。わかりやすいものに限ります。ちょっと難しい外国ものって、わからないでしょう。「ゴドーを待ちながら」は5、6回読んでいて、面白いと思ったらやろうと思っているのですが、まだ面白さがわかりません。今は水上勉先生の本を読みながらここにきています。だいたい1日1冊くらい読んでいます。 Q:たくさんの本を読まれてプロデュース、キャスティング、そしてご自分が出演される、演出は依頼されるということですが、ご自分の描くイメージと演出家が作るものとが食い違うことはないのでしょうか? A:先ほども言いましたように、過去にそういうことでの失敗は2回だけです。「自分のイメージと違って、よくなった」と思えるのは、たとえば鵜山さんクラスの演出になると、それはよくあります。深く読んでいるので、面白くなりますよ。山田 洋次さんの場合も、自分が思っていた「上海のおじさん」よりはるかに面白く仕上がりました。「バカのカベ」のときですが、自分は「面白いフランソワ」にしようと思ったのですが、鵜山さんは「きもちわるいフランソワ」にしようとされた。結果、客はそれを笑いました。こういう風に、良い誤算はたくさんあります。 Q:今日は徳島から来ました。「Be My Baby」は台本を読み面白かったです。場面がすごく変わるのですね。それから今回のポスターはとても変わっていると思いましたがご自分で考えられたものでしょうか? A:ポスターについては私は全くかかわっていません。そういう才能は無くて…、任せています。 場面がたくさん変わりますが、ここは、天才・鵜山が、「スタッフを舞台に出そう」と考えまして、実際、出てくるんです。今日のチラシで私が着ている「Be My Baby」のTシャツを着たスタッフが、観客に見える形で舞台に出たままになります。 Q:"私人"としての加藤さんについて、よろしければ趣味など教えてください。 A:芝居から離れることがほとんどありません。1本の芝居が終わると、ちょっと南の島に行って、ニュートラルに戻す必要があるのですが、でもその時にも本は持っていきますから…。趣味を敢えて…なら、外国もののアンティークが好きで欲しいと思うこともあるのですけど、でも反面、断捨離もしてますから買えないですね、なかなか。 幸いなことに稽古場で"遊んで"います。遊び心がないと務まらない仕事なんですね。ままごととかチャンバラとか、そういうのと似ている職業に思えます。もちろん肉体的にはしんどいところがありますが、精神的にしんどいと思ったことは全くありません。恵まれていますね。なのでそういう意味でのリフレッシュは要らない。肉体的な休養だけです。沖縄はすべての島に行っています。でも名所に行くような観光はほとんどしなくて、泳いだり、ぶらぶらするのみ。海外も"都会"は行ったことがないです。 Q:他の作品を観られることは? A:あまり観れないんです。今年もまだ3〜4本くらい。せいぜい週に1本なので年間25〜30本ですかね。本は200冊くらい読みますが。自分も年中舞台をしているので、人の本番と重なってしまうためです。 Q:キャスティングは、テレビも見て決めるのでしょうか。 A:テレビを見てということは、ないですね。舞台を観て決めます。映画も、わかりにくいんです。監督の力に依るところがあるから。うまくみえても、さて舞台で一人にしたときにどうなるか?は、わからない。映像ではボソボソしゃべってもうまく聞こえたりすることがある。映像は判断するのに危ないんです。 Q:井上ひさしさんにつかってほしいけども井上ひさしさんは筆が遅いので出られない、とおっしゃっていたことがあるように思いますが、井上作品には今も出られたいですか? A:「父と暮せば」や「雨」は、やりたいですね。何度もやらせていただきたいとお願いはしてみたのですが。でも今井上ひさしさんが亡くなられてしまって、よりやりにくい状況になりました。出るとしたら、こまつ座への客演になります。出して頂けるかどうかわかりませんが、そうなると、私が客演している期間、加藤健一事務所の制作がすることがなくなる。なので、加藤 健一が客演をすることはとても難しいのです。でも、めげずにやらせていたくお願いはしていきたいですね。 この講演記録の公開は「Be My Baby〜いとしのベイビー〜」四国例会終了(2016年3月23日)までとします。
E-mailでのお問い合わせは 鳴門市民劇場ホームページ nrt-geki@mc.pikara.ne.jp まで。