宮本充さんに演劇直前インタビュー

楽屋訪問19

劇団昴公演「怒りの葡萄」鳴門例会(2006年5月27日)に“トム・ジョード”役で出演される宮本充さんを公演前に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

宮本充さん
 
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
このような大作の原作を舞台化するにあたってのご苦労やみどころを教えてください。
宮本(敬称略)
初演の時、このトムの役が決まったときに、文庫本で原作を読んだんです。原作は、章番号の奇数と偶数で、偶数章はトム達ジョード一家の話、奇数章は彼ら以外の人々や自然を詩的に描いた書き方になっているんです。そんな構成なので、第3章に突然カメが出てきたりして(笑)、読むのがたいへんで、2〜3週間かかりました。お話の舞台が「屋外」でしょう。これをどうやって舞台化するんだろうと思いました。昴は翻訳物が多くたいてい室内の設定なんですね。屋外の作品は珍しいし、どうやってやるんだろうと…。アメリカで上演してときの話を聞くと、屋外で実際に雨を降らせたり本物のトラックを使ったりしたとか…。どんなものになるだろうと思いをめぐらせていたところ、出来上がってきた舞台装置はとてもシンプルなものでした。トラックは積み木みたいなものだし、川も。あの広大なコロラド川を小さな舞台装置で表現しています。映画であれば簡単にできることも、舞台では無理、それを「逆手」にとって、いっそシンプルに徹することで観客の想像力が広がるだろうと…。そして、幕があいたとき、「ああ、演出家はこれを求めていたのか」と実感できました。こんな舞台は僕もそれまでみたことがなかった。、でも見事にマッチしていたんです。そのあたりがみどころでしょうか。それから重く暗いテーマを、みごとにつないでいく楽士たちの役割。これは、原作でいえばpoetry(詩)の部分を担っています。スピーディに展開していてみどころのひとつです。
 
鳴門
この作品は、大阪で数年前に観させていただきました。長旅の末、一行がカリフォルニアの地をはるかに見て感動するシーンが本当に印象的でした。照明効果などで、観客もその場にいる気分になれました。
宮本
そうですか。僕も好きなシーンです。あの場面は、多分照明が役者の後ろからも当たっていて、それで僕らからも観客のみなさんの顔が突然はっきりと見えるんですよ。
 
鳴門
今の日本でも…少し前くらいの時代に通じるところがある話と思いますが。
宮本
2000年の初演の時に、日本に来ていた演出家のジョンさん(ジョン・ディロン氏)がおっしゃっていました。彼は上野公園を歩いて、たくさんのホームレスの人を見たというんです。その光景を見て、「怒りの葡萄」という作品を今の日本でやることに間違いはないと確信したそうです。この作品は大恐慌時代の話で、それまでの価値観がすべてひっくりかえった時代なんですが、たとえば今の日本でも、それまで社長だった人が、あるときから橋の下でものを拾って暮らすような生活になることが珍しくない時代だとも思いますし、たしかにタイムリーな作品だなと自分でも思えました。自分自身、この作品の初演の後、結婚をし、子供も2人でき、この間に自分が変わってきたと感じています。「怒りの葡萄」の劇中での妻と子供2人を失くした男の話、トムの妹が流産して子供を流すシーンは、本当につらくなります。また、アフガニスタンで何千人もの人が殺されているような話にも耳を傾けるようになりました。芝居をやってきたことと、自分の家族を持ったことで、世の中の理不尽さをとても感じるようになりましたね。この作品が再演を重ねることで、自分自身が変わっていっていることを感じます。
 
鳴門
この作品では楽器がたくさん出てきますが、宮本さんご自身の楽器歴は?
宮本
小さいときにピアノをやっていましたが、よくあるようにソナチネレベルまででした。11年前に三百人劇場で「ザ・カバルケーダーズ」をやったとき、これは週末にパブでバンドのライブをやる4人のアイルランド人の靴屋が話なんですが、僕の役だけが、ピアノを弾かなければならなかったんです。それで、猛練習!なのに、本国ので上演したときの話では、ピアノ演奏は「録音」した音を使っていたという話を聞き、がっくりしました。実際、猛練習のせいで潰瘍性大腸炎になったというのに。医者にはもう少し悪化していれば特別な病気として治療費が安くなったのに惜しかったですね、と言われたんですよ(笑)。その後電子ピアノを買いました。他にも「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」という作品をやったとき、伊藤さん(伊藤和晃氏)がバイオリンを弾いたのです。練習の成果もあってか、とても上手に聞こえたのですが、稽古場で本職のバイオリンの先生が弾くのを聞いていると、やっぱり全く違う、素晴らしい!って感激しちゃいました、それでそのあとすぐバイオリンを買いました。「上海バンスキング」の影響で、トランペットも。どれも長続きしていませんけどね(笑)。
 
鳴門
今回の五弦バンジョーの演奏者はかなり練習されたのでしょうか。
宮本
もちろん、すごい練習量でした。この楽器、重いので腰痛にもなるんです。今回の場合、フィドル(バイオリンに似た楽器)だけがプロの人です。あと、ハーモニカ、マンドリン、バンジョーはみな素人でした。初演の時は稽古が始まる半年くらい前から練習、今回は1ヵ月くらい前から…でしょうか。初演から通して4〜5年やってますから、今では、楽器の演奏指導の先生からお墨付きをもらっているんですよ。
 
鳴門
この作品はアメリカ人のジョン・ディロンさんが演出をされていますね。外国人の演出というのは珍しくはないのですか?
宮本
いえ、結構あるんですよ。日本人の演出家が演出するのとは全然違います。つまり…、まず、台本も英・日両方あり、演出家には通訳がついてひとつひとつ通訳しますから、すべてのことに2倍の時間がかかるんです。でも、そういう困難を超える素晴らしさがあります。過去には「セールスマンの死」、「熱いトタン屋根の上の猫」が彼による演出ですね。みんな彼の演出を受けたがるんです。「稽古が楽しい」っていうんですよ。僕はずっと稽古はつらいもの、役者が追い詰められるもの、と思っていましたから、「えっ、楽しいって?」と。でも実際、本当に楽しかった。彼は決して役者を追い詰めない。その役者ができる範囲のところまでを求め、それができたら次へ…というやり方なんです。ダメ出しのとき、ジョンさんは必ずまず「ワンダフル!」というんです。そのあと、「But…」ときて、「でも、あとこうすればいいよ」という指導の仕方。役者のノセ方がうまいんです。ジョンさんの演出で、今までやってきたことと全く違うこと、本当のリアリティは何かということを教わりました。
 
鳴門
劇団昴は「とても格調が高い」作品をやる劇団だという印象があります。
宮本
「格調高い…」がいいことなのかどうかわかりませんけど(笑)、今よりもっと上のものを…という意識は確かにあります。僕は昔、四国で例会に取り上げていただいた「アルジャーノンに花束を」が大好きなんですが、東京で劇団昴をずっと観てくれている人の中には、「あれは昴じゃない」という人もいます。いずれにせよ、その作品によってやったあとに役者としてひとつ成長できるようなものを目指したいと思っています。
鳴門
宮本さんはそんな劇団昴を、どんないきさつで選ばれたのですか?
宮本
札幌で学生をしていた頃に演劇鑑賞会で文学座の芝居を観たんです。それがこの世界に入ったきっかけです。その後、劇団昴に入りました(劇団昴は、文学座から分かれてできた「雲」という劇団からさらに分かれて、「円」とともにできた劇団)。シェイクスピアや翻訳劇を多く上演する劇団だということで。当時は演劇鑑賞会とは縁がありませんでしたが、今になってみて、いい劇団にはいったなと思っています。
 
鳴門
劇団昴は今年江藤淳氏翻訳の「チャリング・クロス街84番地」をやりましたね。うちの幹事が観ているんです。
宮本
それはありがとうございます。僕は地味だけどこういう芝居が好きなんです。いかがでしたか。
鳴門
地味でも、心に沁みる作品だと思います。
 
鳴門
私は化学が専門なのですが、宮本さんも北海道大学理系のご出身と伺いました。
宮本
工学部で化学合成関係の研究をしていました!同じですね。(共有の専門性高い話題でしばし盛り上がる2人)卒業後もしばらくの間、学生時代に戻った夢をよく見ていました。卒業真近なのに論文が一向にすすんでいない、という悪夢です!(笑)
 
鳴門
声優としてもずいぶんご活躍ですね。ブラッド・ピットやキアヌ・リーブスの声を担当されていますが、そういった外国人俳優さんと似ているところはありますか?
宮本
だいたい声優は、演じている俳優と顔が似ている人が選ばれるってことはあるようですね。顔の輪郭やあごのあたりの形が似ていると声も似ているという考えがあるようです。でも本当の僕はあんなにかっこよくないので!(笑)ブラッド・ピットやキアヌ・リーブスとはちょっと違うかなあ。今回の「トム」という役も、自分自身からみるとずいぶん遠い役なんですよ。
鳴門
実は私の従姉が声優をしていまして、以前「ネオランガ」というアニメで宮本さんと共演したことがあると言っていました。
宮本
本当ですか!奇遇ですね、驚いたなあ。その方とは今もときどきお会いしますよ。
 
鳴門
今後やりたい役などはありますか?
宮本
悪い役ですね。自分じゃないような役をやってみたいです。「オセロ」でいえばイアーゴー、「リア王」でならエドマンドとかをできたらなあと。役者のタイプには2種類あると思うんですが、ひとつのタイプは、役の中で自分じゃないものを外から作っていく人、もうひとつのタイプは、どの役も自分の側にもってくる人、です。後者は、それがぴったりはまれば生き生きしてきます。前者はときにウソくさかったりするんですけど、それはそれで魅力的。僕は、脚本を読んだときに「なぜ?」と自分には意外に思えるような自分とは正反対の役をやってみたいです。今回のトムも、粗野で一本筋、僕にはありえないような」役だったので、逆に楽しみながら演じています。2年前にシェイクスピアの「コリオレイナス」で、とても強い武将の役をやったんですが、これも“自分”とは違う、民衆の気持ちを理解できずに破滅していく男の役でした。この役では、演出家にもいろいろ言われて苦しみましたが、やり終えたとき、役者としてすごく成長したように感じました。
“声”の世界(声優としての仕事)でも同じですね。また声優の仕事では、いろいろな役を1日でできるので面白いですよ。舞台は長い稽古の間、たいてい、ひとつの役だけですから。
 
鳴門
最後に演劇鑑賞会へのメッセージをお願いします。
宮本
この例会も1名クリアできたそうでとても嬉しいです。僕は四国は初めてなんですが、各会場で会員の皆さんがとてもあたたかく迎えてくださったと感じました。徳島ではダブルカーテンコールをもらって、僕はそれを知らずに舞台裏でゆっくりしていたので、大慌てで舞台に戻ったのですが(笑)、これには感激しました!それからどの会場でも、お客さんの息遣いが舞台上からもわかるんです。こんなことは初めてで、集中して観てくださっていることに感動しました。会員の輪がさらに広がって、より多くの方々に演劇の愉しさを味わっていただけたらと思っています。今後も昴をご支援ください!よろしくお願いします。
宮本充さんとインタビューア

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