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米山実さんに演劇直前インタビュー

楽屋訪問30

文化座公演「天国までの百マイル」鳴門例会(2008年5月18日)で“城所安男”役をされる米山実さんを公演前に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

米山実さん
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
今日はお忙しいところインタビューのお願いにご快諾いただきましてありがとうございます。文化座さんには去年9月に続いて半年間で2回も来鳴していただきましてありがとうございます。確か、『二人の老女の伝説』の前は『遠い花』で高知と香川に来られましたが、徳島では観られなくて残念でした。今回の『天国までの百マイル』は全国各地で公演されておりますが、各地の反応はいかがでしたでしょうか?
米山(敬称略)
おかげさまで、反応は非常にいいですね。これだけのステージ数があるということが皆様の共感を得ているということに繋がると思いますね。これから東北地方、年末に中国地方、来年には北海道の公演が決まっています。来年の北海道が終わると九州以外は全部回ったことになります。非常に嬉しい限りですね。
鳴門
原作を忠実に描いていますよね。
米山
そうですね。ちょっと脚本の八木柊一郎さんが時間を前後させていたり、最後にオリジナルが入っていたりしますけど、ほぼ原作通りですね。
鳴門
先ほど九州を除いた全国を回られたとおっしゃっていましたが、去年には中国公演までされたとか。
米山
ええ、行きました。
鳴門
中国での公演はどうでした?
米山
行く前まではすごく不安でした。日本の芝居というと、三味線だとか着物だとか、和物の芝居がほしいのかと思っていたのですが、中国側の要請としては日本の現代劇を見たいということだったんですね。文化座でも何本か候補があったのですが、その中でも『天国までの百マイル』が選ばれました。行く前には、半分本気、半分冗談なんですけど、百マイルって距離は中国の人にとってはたいしたことはないんじゃないか、なんて言ったりしてね(笑)
鳴門
確かに日本と違って中国大陸は広いですからね。
米山
日本では東京から鴨浦までの160kmってそこそこの距離だけど、中国の人の感覚では160kmってすぐそこじゃないか、たいした話じゃないじゃないか、なんて思われるかなって不安もあったんですけど、実際行ってみると違いましたね。このお芝居の核は、親子の情愛、家族の問題、医療の問題ですから、そういう意味では中国の方はファミリーというものを大切にされている国民なので、すごく受け入れられましたね。
鳴門
昨年『二人の老女の伝説』の時にロビ−で三味線の稽古をみなさんがされていたので、私はてっきりそれを持って行かれるのだと思っていました。
米山
あれはたぶん東京公演にむけての練習ですね。文化座もああいうのを中国側は求めていると思っていたのですが、全然そうじゃなかったですね。中国のお客さんも日本語学校の生徒さんや、医療の勉強をされている方を集めてくださっていたので。
鳴門
日本語で公演されたのですか。
米山
ええ、そうです。みなさん字幕には慣れているようですね。ほら、中国って広いから場所によっても言葉が違ったりするので、中国のお芝居でも字幕が流れることもあるらしいですよ。
鳴門
なるほど。
米山
やっている感覚では、半分ぐらいの方はある程度日本語が解るようで、半分の方がその場で反応されて、残りの半分が少し遅れて反応するみたいな感じでしたね。中国の方は、感情表現が豊かで拍手はすごかったですね。立ち上がって拍手してくれたり、とにかく人間は熱かったですね。
鳴門
中国のどのあたりに行かれたのですか。
米山
北京とハルピン、それとジャムスですね。
鳴門
結構距離がありますね。
米山
ええ、北京が日本の秋田あたりの緯度で、ハルピンが北海道。ジャムスはほとんどロシアに近いんですね。
鳴門
と、いうことは昔の満州ですか。
米山
ご存知とは思いますが、文化座が設立当初そこでお芝居をしたことがありまして、その時、満州で1年抑留されているんですね。今回はそこを回ろうということだったんです。マイナス30℃という世界でした。
鳴門
確か行かれたのは12月でしたよね。
米山
ええ、よりによってそんな寒い時期にいかなくてもね(笑)。こんなでかい川が凍ってて、その上を自動車や自転車が走ってたりしますからね。でも人間は熱かったですよ。
鳴門
そんな寒い中での公演は大変だったんじゃないですか。
米山
10年ほど前に『サンダカン八番娼館 』で文化座は中国に行った経験がありましたから、そういう意味では大丈夫でしたね。ここの水は出ないよとか、そういう情報は事前に入れてきていましたからね。ああ、やっぱり凍っているなって感じでしたね。化粧品なんかすぐ凍っちゃいますからね。ジェルなんかも駄目ですね。
鳴門
どのような工夫をされていたんですか。
米山
柔らかくなるまで待つだけですね(笑)。でも寒さよりも埃がきつかったですね。
鳴門
砂漠がありますからね。
米山
今も北京オリンピックでマラソンコースに影響がでるとかという問題になっていますしね。やはり北京の空港に降りた瞬間から空気が違いましたし、乾燥もしていましたから喉をやられてしまいますからね。そういうところには気を遣いました。
鳴門
今回のお芝居で工夫されているところはありますか。
米山
城所安夫40才というセリフがでてきますけど、40才の役なんですね。僕は今41才で今年42才になるんですけど、そういった上ではピッタリの役なんですが、舞台の芝居というのは10才くらい上でないと、なかなか本当の40才の芝居はできないと思いますね。50才になって40才の役が、60才になって50才の役ができるみたいなね。特に我々は好きなことを職業にしていますから、やはり自分に甘いんですよね。
鳴門
いやいや、四国企画交流会の際に今回米山さんにインタビューさせて貰うんだっていう話がでたとき、各劇団の制作の方がすごく米山さんの事を誉めていましたよ。
米山
各劇団とはどこなんでしょう?(笑)
鳴門
何人もの方が口を揃えてらっしゃいましたよ。文化座は若手の成長がめざましいですよねって。
米山
昔は佐々木愛を中心にやってきた部分が大きいですが、10年くらい前から少しずつ作品が変わってきていますね。それこそ文化座は『土』や『おりき』だとか『荷車の歌』とかまじめで土臭いっていうイメージがありましたけどね。
鳴門
ヒューマニティーあふれる作品が多いですよね。
米山
悪く言うと田舎くさいとかね(笑)。
鳴門
前に佐々木愛さんにも文化座はこれからもこういう路線ですかっていうことをお伺いした際に、文化座らしい作品もあり、違ったタイプの作品にも挑戦していくんだっていうことを話されていらっしゃいましたね。
米山
今回のは米山って役者を真ん中において佐々木愛がサポートするっていう作り方ですね。
鳴門
順調に育ってきていますね。
米山
うーん。どうでしょうか(笑)。今回のお芝居ではバブルの頃のいい時期もあって、くすぶっている時期もあって、その変遷を匂わせるのが難しいなって思いましたね。
鳴門
みごとでした。思わず笑ってしまったのがアルマーニのよれよれのス−ツを着ているからすぐわかったってセリフがありましたよね。あれはおもしろかったですね。
米山
ちなみにあのスーツはアルマーニじゃないですけどね(笑)。
鳴門
このお芝居の中で一番好きなシーンや思い入れのあるシーンはありますか。
米山
どのお芝居もそうなんですが、基本的にはないんですよ。作らないようにしてるっていうのが正しいのかな。好きなセリフや場面を作っちゃうと力が入っちゃうでしょ。そうするとおかしなことになるんですよね。それは見ているお客さんが判断してくれればいいことなので。そういう意識は持たないことにしているんです。ただ、この芝居を始めて演った時のビデオみたんですね。百マイルを運転して海に着いた時、パァーとパネルが開いていく、あのシーンがね、うわー綺麗だなって思いましたね。セットと明かりとタイミングがちょうど上手く重なっていてね。芝居は役者だけじゃなくて、明かりがあってセットがあってお客さんがいてという空間の中でできあがるものなんだって改めて感じましたね。今回の舞台は抽象的な作りだからリアルなセットはほとんどなくて、数枚のパネルとワゴンがあるだけで、それが病室に見えたり、食堂に見えたり屋外になったりするんです。あの最後の方の場面で僕が独白した後に場面の明かりがさしていくシーンは本当に綺麗ですね。
鳴門
今日のお芝居が楽しみですね。
米山
敢えてシンプルなセットにして暗転を作らないで場面をクロスさせてどんどん話が進んで行く作りは、お客さんの想像力の中で場面ができあがっていくということですよね。そういうのが本来の演劇の醍醐味なんじゃないかな。
鳴門
そうですね。10年前ですかね、『日本の教育1970』も背景がほとんどないセットでしたよね。あれもよかったですね。
米山
やはりテレビと最も違うのがそこですからね。だからこそ、お芝居が好きなんでしょうね。
鳴門
この世界に入られたきっかけをお聞かせください。何かドラマチックなこととかあったりされますか。
米山
ドラマチックなことは何もないですね(笑)。よく聞く話では、7割くらいの人が何かを見てそれに感動したとか、俳優さんを見てあこがれたとかが多いようですけど、僕は先に演じるおもしろさを感じちゃった方なんですよ。
鳴門
例えば学生時代に演劇をされたとかですか。
米山
中学校3年の頃の文化祭ですね。ちょっと細かい話になるんですけど、ちょうどその頃校舎の建替えがあったんですね。なもので、4クラスあって教室が1つしか使えなくなったんですね。で、どうするんだって時にビデオが出始めた頃だったので、各クラスで映画を撮ってそれを上演しましょうってことになったんですね。それで俺が書く、俺が撮る、なんて奴がでてきて、たまたま僕は演じる側にまわっちゃったんですね。そうしたらそれが楽しかったんです。ただ、それで将来僕は俳優になるんだってことはなかったんですけど、どこかに心地よさが残っていて、後々そういうことになっちゃったんでしょうね。
鳴門
では、高校とかでは特にのめり込む程のことではなかったんですね。
米山
そうですね。で、大学に入った時に手を出してしまったというか。大学生って暇じゃないですか。いや暇って言ったらいけないですね(笑)。……時間がありますからね。サークル活動とかやろうと思ったときに、そういえばお芝居っておもしろかったなって。僕は早稲田だったんですけど、早稲田ってそういうサークルがいっぱいあるじゃないですか。でも、僕には学生演劇っていうのがその当時素人くさく思えてしまったんですよ。何も知らないのにね。だた、芝居をするならちゃんとしたところでしたいなと思って、文学座の研究所に入り、青年座の研究所に通い、その2年間で興味を持ってしまい、そしたらこうなってしまったんですよ。
鳴門
早稲田のご出身で演劇関係の方って多いですよね。
米山
山ほどいますよ。文化座にもいっぱいいますしね。僕は大学3年生の頃に文化座に入ったんです。だから始めの2年間は夏休みだけ仕事していましたね。ふざけた劇団員でしたね(笑)。
鳴門
文化座を希望されたのはどうしてなんですか。
米山
翻訳劇がどうも駄目だったんですよ。例えばね「ハイ、ジョーン!」って言ってもウソ臭くてしょうがなくて…。どう頑張ってもそこに無理があって、しゃべってても観ててもピンとこなくてね。かと言っても同じ人間が書いている話ですから、話の核はよく分るんですけど、それを取り巻く文化とかがしっくりこなくて…。例えば映画を見ても外国人が笑っているところで笑えないとかね。文化の違いはちょっとやそっと勉強したくらいでは追いつかないと思ったんですね。
鳴門
私も外国の翻訳ものの芝居が来た時は駄目ですね。まず名前が難しいですね。誰が誰か分からなくなってしまいますね。
米山
そうそう、そうなんですよ。本を読んでいてもそうですしね。何回も前のページに戻っちゃったりしてね。こいつ誰だったっけ…なんてね。なかなか進まないんですよ。もちろん、翻訳劇を否定するわけではないですよ。いい芝居もいっぱいありますからね。ただ、自分が演るとなった時に日本人が書いた日本の芝居が演りたいなって思ったんですね。そしたら文化座がそういう芝居をしているというので、それはいいやってことで入ったんですね。僕にはピッタリの劇団でしたね。
鳴門
演劇以外の趣味では、ゴルフをされるとか。
米山
それは、高校時代にやってたってだけなんです。プロフィールは外に出すものなので多少できるものは書いておけって感じですね。高校時代にゴルフ部に入っていただけで、もう20年くらいしてないですね。
鳴門
そうなんですか。旅公演をしながらゴルフってどうなのかなって思いまして。
米山
そんな新劇人がいたらかっこいいですね。休みの時にちょっとラウンドしてくるわなんてね(笑)。
鳴門
では、実際のご趣味とかは。
米山
そうですね。趣味を仕事にしてしまいましたからね。趣味は演劇鑑賞とか映画鑑賞とかになるんでしょうけど、今は趣味じゃなくて仕事になっちゃってますからね。
鳴門
俳優さんって本当によくお芝居をご覧になっていますよね。
米山
そうですね。役者はひとつの役を演じるとなると、役作りに入りすぎて視野が狭くなりがちですから、いろんな芝居を見て視野を広げないとって思いますね。作家や画家みたいに死んでから認められるものではないので、役者は今の人に受け入れられないと駄目ですからね。今どういうものが流行っているか、逆にどんな芝居にお客さんが入っていないかっていうことを知る意味でも、ミュージカルも観るし、もちろん翻訳劇も観ますしね。
鳴門
一番心に残っている芝居はありますか。
米山
たぶん5年後10年後にはこの芝居が一番だと言うと思うんですよ。僕は劇団に入って18年ですけど、ゆくゆくは米山っていう役者人生の中では大きな意味を持つ作品になっていくんだろうなっていう実感を持って演じています。
鳴門
佐々木愛さんの演じるマリとやっさん、おふたりがいい味を出していますね。
米山
特に佐々木がマリって役をすごく楽しく演じているんですよね。
鳴門
大先輩、大女優との共演は緊張しませんか。
米山
もう、さすがに、最近では。鈴木光枝という女優もそうでしたけど、佐々木愛という女優も共演者を緊張させるようなタイプではないですしね。もちろん劇団トップであると言う立場から指導はされますが、ひとつの板の上にのったときは、新人であろうが30年選手であろうがそこは変わらないですからね。それに変にこっちが緊張するような接し方はされないので。ありがたいですね。
鳴門
今後演じてみたい役柄とか作品はありますか。
米山
あの作品とかあの役とかっていうのは個人的にはないですね。言っちゃうと何でも挑戦したいんですよ。もともとのきっかけが演じることが楽しくて始めたものですから、何でも演りたいんです。2枚目も3枚目もね。
鳴門
以前、演出補をされていましたが、演出のお仕事とかはいかがですか。
米山
それはたまたま役回りでやったというだけで、将来演出をやりたいというわけではないですね。今は、『月の真昼間(まぴろーま)』という芝居に出ているんですが、また今度この芝居で鳴門に来ることができたらいいなと思います。
鳴門
どのようなお話でしょうか。
米山
沖縄の鳩間島っていう40人ぐらいの小さな島の話なんですね。学校も郵便局もなくなる、島が駄目になるってことになって、とにかく小学校を残せばなんとかなるんじゃないかってことで、子供を島に呼んでこようと大人が奔走する話ですね。以前『瑠璃の島』というタイトルでテレビでも放映されています。『子乞い』という原作があるんですね。それが漫画になったりドラマになったりしているんです。
鳴門
米山さんはどのような役柄なんでしょうか。
米山
僕は気性が激しく喧嘩っ早い役ですね。ちょっと宣伝を兼ねてご紹介をさせていただきました(笑)。
鳴門
最後に鳴門市民劇場の会員に向けてメッセージをお願い致します。
米山
何処に行っても大変だって話を聞きますが、僕に何かそれを打破する方法論があるわけではないですけど、やはり鑑賞会なくして我々の新劇は成り立たないと思うんですね。文化座は65年の歴史があって、その歴史は鑑賞会と共に育ってきました。僕ら劇団の芝居は観る人がいなくては成り立ちませんからね。僕は東京生まれですが、芝居を始めるまでこういう鑑賞会があることを知りませんでした。この知らないってことが問題なんでしょうね。誰しもが知っている団体になれればいいですね。この市民劇場は、ある意味合格点を得ている芝居が必ず観られる訳ですから、素晴らしい組織です。また、芝居をご覧になられない方には食わず嫌いなところもあるんでしょうね。『どうせお芝居なんてこんな感じなんだろう?』(芝居がかった口調で)なんて未だにそんなイメージ持っている人に、そんなことはないんだってことをわかって貰いたいですね。そして、今日のお芝居を観て、よかったって思ってくださった方達が、次回の例会にお友達を誘って観に来ていただけたらありがたいですね。
鳴門
今日はお忙しい中、楽しいお話をありがとうございました。
米山実さんとインタビューア

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