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鈴木瑞穂さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問61

  劇団銅鑼「はい、奥田製作所。」鳴門例会(2013年11月28日)で“竹夫”役をされる鈴木瑞穂さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

鈴木瑞穂
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
鳴門では、四国での千秋楽ですね。
鈴木瑞穂(敬称略 以下鈴木と略)そうです。四国場所のね(笑)。
鳴門
各地の反応はいかがでしたか。
鈴木
良くてビックリした。今まで100回近い公演をしてきたんですが、段々良くなる
法華の太鼓ですね(笑)。やればやる程、皆が良くなってきて、アンサンブルが取れてきた。
それと昨日の所(徳島あわぎんホール)は、劇場が素敵で、丁度良い位のスペースでしたから、お客さんの反響もすごく良かった。「橙色の嘘」の時苦労してますから、ここでも大丈夫でしょう。
鳴門
41年もの歴史を作ってきた劇団についてお話してくれませんか。
鈴木
最初は「劇団民藝」から別れたんです。新しい劇団ですから、海のものとも山のものとも分かりませんでした。どこまで続けられるか。でも皆が本当に集まってくれてね。客席と舞台が火花を散らせて交流できるような舞台を創ろうとね。あなたが観る側、こっちはやる側というのではなくて、劇場の中で空気が動くような芝居をしたいなと。それが40年間、今まで目指して来たものですね。それと若い人たちが、すごく頑張ってきましたから。僕らはもう末期高齢者ですから(笑)。若い人たちに支えられてやっているようなものですから。皆が少しずつでも腕を上げてきた。今度の舞台も40年間培ってきたものです。それが各地の市民劇場でかなり好評を得ている理由だと思います。それとこの芝居が、今の時代に合っていて、世代交代と中小企業のあり方ですね。特に東北の大震災以後はっきりしたのは、日本の底辺を支えているのは中小企業だと、そこが一番経営にも苦しんでいる。そういうことがある意味で現代的な問題として、お客さんと通じ合う。劇団銅鑼も中小企業ですし、市民劇場も中小企業ですよ(笑)。何か共通項があるんですね。40年間、紆余曲折を経ながら少しずつ歩んで来たんですね。
鳴門
本当に人間らしく生きるとは何かを問うて創作活動を続けてきたと思うんですが。
鈴木
やはり演劇って何だ、人間って何だ、ということが究極の課題だと思う。こんなにも多彩な人間って一体何なのだ。理不尽の力で押されたり、反撥したり、色々エネルギーを使う。だから演劇というのは、やっぱり人間の追求なんですね。
鳴門
この芝居は世代交代が描かれている。劇団銅鑼は若い世代の方たちが活躍されていると思うんですが。
鈴木
自分のことを言うと、僕は芝居を始めてから62年になります。終戦の時が18歳からですね。だから僕は今後期高齢者ですよ(笑)。最初銅鑼ってつけたのは、築地小劇場が銅鑼の音で初日の幕を開けたんですね。船が出港するときに銅鑼を鳴らすんですね。3つ目はドラ息子とドラ娘の集まりだったんですね(笑)。語呂合わせですね。ドラ息子とドラ娘の集まりですから、芝居できるかどうか心配で、心配で。やる気があるかどうかもね。皆下手くそだったですね。それがグングン良くなってきてね、20年過ぎた頃から。うちは役者といえども、宣伝も仕込みもバラしも一切やりますからね。そういう経験を経てきて、演劇でなんでそういうことをやるのかと一人ひとりが考えだしてきた。そうすると舞台の上でも非常に変わってくるんですね。村岡君、千田君、菊地君、僕、山田君と皆70代になったし、僕は80代ですから。もうそろそろバトンタッチをしておかないといけない。
それが少しずつ芽をふいて、世代交代をしてバトンを渡そうというところに来ています。
この舞台がそうですけれど、年寄りも出てますけど、年寄りに交じって遜色なく若手が伸び伸びとやってます。それがとても嬉しいですね。
鳴門
この芝居の好きな場面、ここぞというところはどこですか。皆お好きとは思いますが。
鈴木
この芝居は一人二人のスター級の役者がやってみせるのではなく、群像劇ですからね。中小企業を舞台にしたホームドラマでもあるんです。だから皆の見せ場があるんですね、それぞれに。その人間関係は非常にわかりやすく、今の親子の絆、使われている者と使う側との関係、現代の人間の使い捨てみたいな状況、技術の伝承の問題、熟練の職工と 若い人との関係、そんなこと全部入ってますよね。どの場って言いにくいんですが、最初は僕と倅が全く相いれない経営方針ですが、それが最後になるとお互いに分かり合ってよしやろう」となる場面ですね。群像劇ですから、一人ひとりの個性が違うんですね。ぎくしゃくした人間関係が段々良くなって、皆が協力してやろうというところまでを見て欲しいですね。
鳴門
次は鈴木瑞穂さんのことをお聞きします。舞台、映画、ドラマ、声優と多岐にわったって活躍されています。出演される作品はどうやって決めておられるのでしょうか。
鈴木
言うなれば、舞台も映画もテレビも演じるということでは共通なんですね。だけど演じ方は違ってくる。テレビは、もう不倫か殺人じゃないと浮かばれない(笑)。大体出る人はきまってる。あーこれは見た、このセリフは、役、職業は違うんだけれど、前と同じだと。マンネリズムですね。やるものはもっと一杯あるだろうと思いますけど。最近、映画で僕がやったものに、今封切っていると思いますけど、地味な映画ですけど、八千草薫さんと共演した「くじけないで」があります。100歳の柴田トヨさんという詩人の話。今年の1月に亡くなられましたけど。その本を元にしたもので、柴田トヨさんを八千草さん、その亭主を僕が演じた。声優の場合は、ラジオはなくなってきて残念なんですが、ラジオっていうのは姿が見えないんですね、音だけ。聞くひとが聞いてて、あー笑ってるとか、立って言ったなとか、二人が今近づいているのかなとか、聴覚現象が必要なんですわ。声だけでね。これは難しいの。今、日本語がとても汚く乱れていますけど、それはラジオドラマがなくなったせいもあるだろうという気がしますね。相手の反応を見て、言い方を変えていく。
相手を通して自分のしゃべり方を変えていく。お互いの会話がキャッチボールになる筈なんですね。それが、今携帯メールでもそうですが、自分の言いたいことだけ言う。表情も何もない。無味乾燥というかイマジネーションのない会話がはやっている。ただ早口で自分の言いたいことだけを喋ったら、それで終わり。どのジャンルにも学ぶべきことはあります。芝居と違ってその場で初めての場面に入って、稽古ないですからね。その場でその雰囲気を掴んで、パッとやるんですよ。監督が狙っているのはこれだなと思ったら、少しずつ変えていって、あーそれ、それでいいと。精々リハーサルを2,3回やるだけですね。稽古を舞台の場合は40日位やる。その代わり映画、テレビは一回監督がOKしたら、もう何回見ても同じ、変わらない。舞台は生鮮食品なんですね。やる人が風邪引き気味で熱っぽいとか、夕べ飲みすぎて二日酔いみたい(笑)だと、芝居が変わって来る。あっこいつ今日は調子悪いなと。だから毎日違うんですよ。映画やテレビなんかだと、あっごめんなさい、ごめんなさい。もう一回やらせて下さいと言えるんですよ。舞台は一回やってね、あっごめんなさいもう一回やり直しますと言えない。そういう緊張感がありますね。これが面白いところで、これが好きですね。
鳴門
それが毎日続くんですね。
鈴木
だから逆に怖いのは、悪い慣れの演技。常にフレッシュさを、その時に思いついてばーと新鮮に演技するためにはどうするか。新鮮さを保つための努力が必要ですね。有名な舞台を観に行って、初演観て最終の舞台観てみると全然面白くない。やっていることに皆慣れきっちゃていて。そつなくやられると面白くない。
鳴門
初演の時が一番新鮮?
鈴木
初日なんかは、もうドキドキですよ。もう辞めて帰りたいぐらい。でも初日は緊張しているからいいですけど、2日目、3日目ぐらいからどんどん緊張感が緩んでくると、いけないですね。波を打つんですね。それをどういう風に克服していくか、ずっと緊張感を保てるか、毎日新しい発見。昨日はこうやったけど今日はこうやったらどうかとかね。だからこの舞台も初演の時と比べたら、同じ舞台かという程変わっている。そういう舞台が良い舞台だと思います。
鳴門
いつまでも若々しいですがその秘訣は?元気の秘訣は?毎日トレー二ングでもされているんですか。
鈴木
旅に出ている時は別ですけれど、家に居る時は、朝6時頃家を出て、1時間半程歩いて(えーと皆驚く)、それから少し30分程ストレッチ体操をやって、全身の筋肉をほぐすんです。後は普通ですよ。散歩はいいですよ。特に稽古の時はせりふを入れるのに。ブツブツ言ってね。何も特別なことをしているわけでない。
鳴門
身の周りに散歩に適したところがあるんですか?
鈴木
家は東京の世田谷で緑の多いところでしてね、好いところです。散歩道が何コースもあるんですよ。季節によって選べるんですよ。春のコース、夏のコース、秋のコース、冬のコースとね。四季の移り変わりがすごく美しいですよ。はあ自然ってすごいなあと感動しながら歩くっていうのが好いんですよ。
鳴門
広島の江田島におられたんですか。
鈴木
広島に原爆が落ちたのを目の前で見てますよ。爆心地から11qぐらい離れていたから大丈夫だったんですが。ちょっとずれていたら危なかった。でもあの瞬間に14万とも16万ともいわれる、女性、子供等非戦闘員が亡くなった。忘れられませんね。あの時のことは。元々体は強かったんでしょうね。だけど過信はいけません。お酒は途中飲みすぎましたけどね(笑)。芝居やってる間は酒は飲まない。夜、芝居終わってから、行こう、よし行こうとなれば今度はブレーキが壊れてアクセルばかり踏むことになるから。どんどこ朝までやってしまう。意思が弱いですからね。最初から俺は飲まないんだって言っておけば良い。だから大酒飲みですよ。
鳴門
鈴木さんの好きな言葉はなんでしょうか。
鈴木
色々あるんだけど、また色々あっちこっちで言ってきましたけど、最近年とって思うようになってきたのは「一期一会」ですね。この舞台は今日1回だけ。明日ないかもしれない。だからこれに全力投球するしかない。年のせいですね。つまりそんなに持ち時間はないってことは分かりますから。生命はまだあるかもしれないけれど、舞台をやるのはそんなに続かない。かなり消耗しますから。
鳴門
今回でも2時間ちょっとありますね。
鈴木
僕の出番はそんなにない。若手に支えられて、神輿に乗っているようなものですからね。その点では楽はしているんですけどね。楽なりに気を遣いますからね(笑)。
鳴門
この道に入られたのは、海軍兵学校から帰られてすぐにですか。
鈴木
言い出せば長くなるんですが(笑)。海軍兵学校で終戦を迎えて、こりゃもう自殺するしかないと思った。死ぬつもりだったのが止められて、天皇陛下は自殺はならぬと言っているし、また新しい日本のために命を使えとも言っている。それで気を取り直して帰ってきた。どっかで勉強しようと思ったけど、日本中焼け野原でどこも満足な所がない。ただ復員の途中、京都を通ったら京都だけが薄暗い中で、ポンと街がそのまま焼けずにあった。だから京都へ行ったら寝るところと食うものはあるだろうと、ただそれだけのことで京都へ行った。それで京都大学へ入ったんですね。経済学部ですけど僕は不経済学部だと思っています。その時に観たのが、昭和24年12月ですが、民藝の「カモメ」京都公演だった。寒くて寒くて震えながら観た。今まで自分が天皇ために、国のために死ぬこと、相手を1人でも多く殺して死ぬことが立派な行為だと思っていたことが一切否定されている。昭和21年11月には新しい憲法が出来た。人間をこんなに大事にする憲法ってあるんだとびっくり仰天した。人間って喜怒哀楽があって、愛するにしても憎むにしてもこんなに多彩なものだなあと感動した。それでよせばいいのに、楽屋へ行った。「いやあどうも有難うございます。」と言ったら「学生か?」「はい、学生です。」「どうだった。今日のは?」「好いも悪いも分かりませんが、人間ってのはこんなにも豊かなものなのか、感動しました。」って言ったら、「おい来年うち募集するから来い。」「僕は役者は出来ません」とてれくさいので言った。役者なんてやるとは思わなかった。そいで入ったら、丁度昭和25年12月に焼け残った新橋演舞場で、久保栄さんの「五稜郭血書」をやったの。「五稜郭血書」ってのは、明治維新の函館戦争を描いたものです。70人位の兵隊さんが舞台に出てくる。僕は1人で8役やったんですよ(笑)。死体が3役、町人が3役、兵士が2役という、もう芝居どころじゃなくてね。鬘かえて、衣装かえてすぐに飛び出していく。それが初舞台だった。千秋楽に、久保栄さんが「君、初めてなんだって?」「はい。初めてです。」「初めてにしては、ぬけぬけとやったねー」と言って、新劇の書という本を頂いた。その表紙に「編笠を脱げばはるけし夏の雲 栄」と書いてあった。治安維持法で逮捕されて、8月15日に解放された時の詩です。今でもその本を宝物として持っています。それから病みつきになってしまって。すっかり演劇の泥沼にはまってしまった(笑)。首までつかった(笑)。もう抜けられない、抜けてもどうしようもない(笑)ですね。
鳴門
演劇鑑賞会の会員に一言メッセージをお願いします。
鈴木
今はどんなことでも便利になりましたけど、やっぱり劇場に足を運ぶことが大切ですね。生きた役者と生きた観客が出会って交流できることは重要なことです。今、そういうことが段々少なくなってきている、怖いことです。全国を回っていて市民劇場の会員さんに、自分たちの力で演劇運動を支えかかわっているのは皆さんですよといっている。それに応えるものを何か出していくことが重要ですね。会員の皆さんも1つ1つは良い悪いはあっても、自分は感動した、でもあの人は感動しなかった、良いとは思わなかった、でもあの人は良いと思ったと。なんで私はいいと思わなかったのか、なんであの人はいいと思ったのかをサークルの中で色々討議していく。そうすると自分の見方も分かるし、相手の見方もちゃんとわかる。そういうことの積み重ねが大事ですね。観た後が大変なんですね。観おわって、あー面白かった、終わりじゃなくて。何だったんだろうあれは?感動したのは何だったのか。自分との関連で何だったろうということを一人一人が見つめていくと、今の世の中の見方、人間どうしの付き合い方等変わってくる。我々もそれに影響されて変わってくる。そういうお付き合いをしていきたいから、一喜一憂でなく、長い眼できっちり芝居を観続けて下さい。一度観てつまらなかったから、辞めたというんでなくて、この次は何がくるんだろうかとか、何で俺は感動しなかっただろうと自分を見つめ直す機会に、この市民劇場での観劇をしてほしい。難しいことではないと思う。やるほうとしては、井上ひさしさんの言われていることが、虎の巻のように大事だと思う。「難しいことを分かりやすく、分かりやすいことを面白く、面白いことを深く」これが出来たら最高ですね。お客さんも「難しいことを分かりやすく、分かりやすいことを……」ですね。そいう相関関係が出来れば、今のこの冬の時代から押し返していけると思う。 
鈴木瑞穂さんとインタビューア

E-mailでのお問い合わせは              鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
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