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風と共に来たる

テアトル・エコー

鳴門市民劇場2014年7月23日例会 感想集

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鳴門例会カーテンコール

私は、今回鳴門市民劇場に招待していただいて、初めて大きな舞台での演劇を観ました。俳優さんたちは、あんなに多くの人達の前でどうして何時間も台詞を忘れずに言えるのだろうと尊敬しました。水を被ったりバナナを食べたり、火を使ったりと中学生の私たちにはできないこともたくさんなさっていました。また、舞台装置もすばらしくて、特にブラインドを上げたとき窓から見える外の景色がとてもリアルでびっくりしました。
  私は一年生で、六月の初めに転部して演劇部に入りました。ですから、他のみんなと違ってまだ舞台に上がったことがありません。次の舞台は文化祭ですが、私は周りの部員より緊張するだろうと思います。今でも学校の人たちはどんな反応をしてくれるだろうかと思うとドキドキするので、文化センターの舞台で本番になったら、頭がパンッとはじけてしまいそうです。
  テアトル・エコーのみなさんはすてきでした。 楽しいときは楽しく、暗いときは暗くて私もみなさんのように演技できるようになりたいと思いました。
  安原義人さんは声優でもいらっしゃいますよね。私の夢は声優になることです。声優や俳優の世界で生きていくのは大変だと思いますが、今回の舞台を観て、改めて私も皆さんを目指して頑張ろうと思いました。どうもありがとうございました。

原作を読んだのは高校生。映画の写真が2枚。「友達と見たいねえ」といっていたら日本で上映されると聞き期待して待った。スカーレットは好きじゃないけどウエストの細さやカーテンで縫ったドレスが気になる。ヨーロッパの傭兵中心の北軍が後日黒人差別を生んだと書いてある……とにかくどんな映画になっているのか、見たかった。圧巻だったのは一部のラスト、スカーレットを中心にカメラがひいていく、どんどんひいていく、何という人数…まだカメラは引く・・・これでもか、これでもか、とまだ終わらない。豆粒ほどのスカーレットとおびただしい負傷兵とアメリカ国旗。何人エキストラを集めたのか?高い高い位置からのカメラはどこへ設置したのか?戦前なのにカラーでトーキー、アメリカ映画ってすごい。桁外れのすごさに驚いた。映画のパンフレットと新町橋たもとの元町レコード店で「タラのテーマ」のLP盤を買って帰った。まだ家にある。無いのはステレオだ。

DVDが先か、芝居が先か……でも終わりに哀愁が

言葉が早口の人がいて聞き取りにくかったです。やはり明るいドラマが良いですね!これは私の希望ですけれど……

こういう時もあると思いながらの帰宅。
  私にはなかなか内容が入りにくいものでした。後ろの席でしたので聞きとれない時も。残念でした。

若かりし頃徳島のOSグランドで見た「風と共に去りぬ」は原作も読んだ上での映画鑑賞だったので感動感激でした。ヒロインのスカーレット・オハラの波乱万丈の生き方(前向きな)に目を見張った。その映画の裏話とかの今回の例会、実在のプロデューサー、監督、脚本家、秘書の5日間の奮闘を演じた不眠不休の取り組む様は分かるがストーリーとしては単なる裏話の表現でコメディとして面白く思わなかった。名作の陰のエピソードだったのかとしか……感性が鈍かったかしら

「風と共に去りぬ」誕生の実話コメディーです。
  脚本を五日間で仕上げる舞台は圧巻!、修羅場がシリアス感を持って表現されていました。
  ただ劇の筋道の展開が、セリフから読みとりにくかったのは残念。
  ラストは劇音楽「タラのテーマ」にのせて、見事なドッキリパノラマ展開でした=ブラボー(拍手パチパチ)。

エンターテイメントな映画を創りたい人たちの生みの苦しみを舞台化したドタバタ喜劇という前ぶれだったが苦しみは喜劇にならず、苦しいままだった。
  同じ苦しみなら60年前の初版「ゴジラ」の製作に関わった人たちの苦しみを舞台化させた作品の方を私は観たい。日本には日本の映画製作の苦しみが多々あるはず。アメリカのシビル・ウォーやユダヤ人問題も解らなくはないが共感まではいかず未消化感がぬぐえない。

早口で聞きとれなかったところもあったが、「風と共に去りぬ」の映画を思いうかべる事ができ、私はおもしろかったと思った。
  サークルの方々は、徳島で観劇したが、やはり早口でよくわからなかったと言っていました。
  海外の喜劇と日本の喜劇では笑うポイントが異なる。(よしもとになれてしまっているので)

「風と共に去りぬ」という大作の脚本が、たったの5日間で作られていたとは!こんなに大変な思いをして書き上げたのに。なぜベンはクレジットに名前を残すのを断ったんでしょう?
  脚本家に物語を演じて説明する2人がとてもおもしろかったです。うす汚れていくシャツにリアルをかんじました。

運営サークルとして携わった。お蔭で、映画誕生から演劇誕生まで、その時代背景とアメリカ近代史を知る契機となった。グレー北軍と紺色南軍との対立・抗争が今も底流にあることを再認識した。芝居自体は、事前に各地の劇評から、早口で聞こえにくいわかり辛いのではと心配した。しかし、当日は、舞台で演じられることの背景を知って観ることができ、嗚呼なるほど…そういうことね!と頷きながら観ることができた。
  終演後の役者さん・制作さんとの交流会では、別視点での観方を教えていただき、目から鱗であった。
  また、前例会クリアのバトンを繋ぐことができ、ホット安心して観ることができた。感謝!

役者さんが舞台の上で一生懸命演じていましたが、あの膨大な数のセリフを覚え、また演じるまでには大変な努力と苦労ではと感じました。

4名だけの舞台なのに圧巻、壮絶びっくりの連続でした。
  「風と共に去りぬ」の本を読んだことのない脚本家に脚本の書き替えを依頼し、本の内容を実演してみせるということだが、私にはどうしてもドタバタ喜劇に見えました。

今回の劇の展開はどうなるのか、いやどう表現するのか気になっていた。
  「風と共に去りぬ」の本も読んでないし、映画も見ていない。そんな中で、劇中では、いろんなシーンの作り方を真剣に実演しそれを脚本化していく、
  クライマックスは映画のラストシーンを作るにあたり意見がわかれ、最後にはプロデューサが金にあかせて決めた脚本を作らせ、芝居は終わった。
  でもそれが大方の予想を裏切り当たったのだ。この部分で、本の内容と映画の違いが気になったので早い機会に本と映画の最後だけでも読みたい。

舞台で観るにあたって、その題材に対して好き嫌いはありますし、内容に関してはそれぞれ感想が残ると思います。ただ今日は最初から最後までセリフを聞き取る事ができない状況が続きました。言葉をとらえることに必死になり、内容が頭の中にはいって来ません。内容がわからない為に終わっても何の感想も残らないままでした。それまでの作品がとても楽しかったので残念な気持ちで帰路につきました。

セリフが早口で聞きとりにくい劇でした。私だけかと思ったのですが、主人も、周りの方たちもおしゃべりしているのが、その事でマイクを使ってらしたのでしょうか?

名作が誕生するまでのことが分かりました。
  映画のラストシーンが思い出されました。

まず話されている言葉が聞き取りにくかったです。
  また、コメディなのに笑うところで笑えない。
  「風と共に去りぬ」を茶化しているように見えてしまい笑えなかったのかもしれません。
  最後のシーンも特に感動することもなかったです……。
  観劇初心者なのでこのように感じたのだと思います。

今回から入会しましたが、正直、全然私的には面白さは感じませんでした。
  退会願いを考慮しないといけないと友人とも話をしていました。何か面白さはないかと食い入るように観賞しましたが、駄目でした。

「風と共に去りぬ」をまったく知らない状態で見たのですが、3人が不眠不休でふんとうする様が面白く、映画の内容は関係なく楽しむことができました!
  大人の演劇を初めてみたのですが、マイクでも使っているかのようなハリのある声でききほれてしまいました。衣装もその当時のアメリカを思わせるようでかっこよかったです。
  又機会があったら見たいです!

鳴門例会カーテンコール

衣装がいいですね!!ハリウッドっぽい!!
  面白いコメディでした。みててとても早く時間が経ちました。
  見にきてよかったです!
  あと女優さん細すぎます。綺麗!!うらやましいー
  今後の劇も楽しみです!お疲れさまでした!

最後の日になったとき、かべにかざっていた絵がかたむいていたり、ダンボールがたくさんあったり、本だなの本がせいりされてなかったり、女の人のかみの毛ガボサボサになってたり、こまかいところまでやっていて、すごいと思いました。 演技もすごくて本当に見てよかったと思いました。

声優さんがでてらっしゃいましたか?ああ気のせいですね……たぶんですけど。
  バナナのところがおもしろかったです。秘書の人が美人でうらやましかったです。みなさんがケンカをしたり笑いあったりしながら、脚本を作っていくところがよかったです。
  たまに「ユダヤ人」と言うので2人はユダヤ人なのかな?と思いました。
  バナナとピーナッツで不眠不休は私も死ぬきぶんになると思うし、栄養が足りなくて、体がおかしくなりそうだと思いました。
  映画の裏でもこのようなことがおきているのでしょうか?(笑)

すごく面白かったです。大変勉強になりました。

脚本家の演技が最高でした。

今回の舞台を見てまず最初に驚いたのは、セットのクオリティがとても高いということです。背の高い本立て、たくさんの本、しっかりと作られた扉。その中でも、舞台の途中で俳優さんがブラインドを上げると窓の向こうに家があって、ちゃんと外の風景が見えたのにはとても驚きました。
  次にぼくが驚いたのは、演技力がとても高いということです。声も大きくて、聞き取りやすく、とても愉快な演技なのに肝心なことはしっかり伝わってきて、やっぱりプロはすごいと実感しました。あまりにも面白かったので、ぼくはどんどん劇に引き込まれてしまって、短時間なのに何日もたったような「疲れ」を感じ取り、作品が書き上がった時にはぼくも一緒に「終わった」と感じることができました。
  最後に、ピーナッツやバナナなどがすべて本物だったのにも驚きました。バナナのいい匂いが客席まで届いてなおさらリアリティが高くなり、ますます劇に引き込まれていきました。
  ぼくは今回の「風と共に来たる」の舞台で驚いたたくさんのことをこれからもずっと忘れず、自分の演劇にしっかり活かしていきたいです。まずは九月の文化祭の舞台に少しでも役立てて、全校のみなさんに楽しんでもらいたいと思います。

とてもおもしろく、とても楽しい公演でした。
  コミカルで舞台に惹きつけられ、時間はあっという間に感じられました。もっと観ていたい そして、また舞台の世界観に触れていたいと思いました。
  勉強になる所ももちろん、見習わなければいけないところもたくさんありましたので、演劇部員も一緒に観て、勉強させたかったです。次は部員と一緒に観に行こうと思います。
  脚本を書くために、3人共が役になりきって台本を完成させる行が好きです。
  次回の公演楽しみにしております。

まず役者のエネルギーに驚かされました。
  おそらく我々学生より一回り以上年齢の離れた方が多いにも関わらず、学生の演劇よりも生き生きとした演技に圧倒されました(阿南高専の演劇部員にも見習わさせたいです)。
  そのため、約2時間の公演でしたが舞台に引き込まれるようで、2時間という時間があっとゆう間に過ぎてしまいました。
  そして、原作の映画についての説明が非常にコミカルかつ大雑把でしたので、原作に対する興味を惹かれつつ舞台自体を楽しむことができました。特に出産シーンの「いきんで!」は最高でした。
  今度、「風と共に去りぬ」を観ようと思います。
  テアトル・エコー様の次回の公演を楽しみにしております。

映画「風と共に去りぬ」をみたのは、およそ半世紀前のこと。そのころは、洋画より邦画の青春ものの方が馴染みやすかった。どういうきっかけで映画館に足をはこんだのか記憶はさだかでない、3才年上の姉と行ったのは事実である。
  主演スターや登場人物の名前などがポンポンと飛び出す知人がいたが、何となくスマートさを感じる反面、多少の。違和感もあった。自分が洋画に興味がなかったからだ。
  さて、映画の内容もさることながら、壮大なスケールと2部作の超大作に圧倒されたのも確かだ。今にして思えば製作にかけた情熱と労力、巨額の資金の投入が不朽の名作を完成させた当時のようすがうかがえる。洋画に興味のなかった自分がヴィヴィアン・リー演じるスカーレット・オハラやレッドバトラーなる名前が記憶にのこっているのは、それほどに作品の印象が強烈だったということだ。
  炎のように情熱的かつ激しい気性、業が深くてわがままな女性、真っ赤なドレスを身にまとった目をみはるような美しい女性、それと対象的でやさしく包容力のある寛大な男性レッドバトラーが別れを告げ去って行くラストシーンは今も忘れることはできない。
  あれから再びテレビでみる機会があったが長時間のために完全に見ることが出来なかった。だから、今でも私には「風と共に去りぬ」は未完成のままだ。
  今例会「風と共に来る」が映画製作の舞台裏の話とあって興味津々……、タイムリミット5日間、脚本家がベストセラーを読んでいなかったという悲劇がともなって、プロデューサー、監督、脚本家の不眠不休の地獄の苦しい闘いがテーマ。迫真の演技とコメディタッチな演出が危機感を倍増していた。それにしても人は窮地に立たされると、とんでもない威力と才能を発揮するものだ。
  こんな制作秘話を知ってしまうと改めて不朽の名作を心ゆくまでみてみたい思いでいっぱいだ。

皆さんの評価が厳しかった私なりの理由は、おそらく原作や米国の時代背景を良く知らないと、役者が笑える場面や悔しがる場面に同感できないためと思います。私もそれに近かったです。
  それと、今回の劇が面白いかどうかの基準で評価できるものではなかったこともあると思います。
  私も「面白くなかった」に近い評価ですが、そうしなかったのは、役者さんたちの演技力がすばらしかったからです。

面白くなかった理由は以下です。
(1)登場人物の設定が普通の人には分かりにくい
(プロデューサー、脚本家、監督の仕事やユダヤ人の立ち位置など米国特有の文化的側面)
このため、笑うところが掴みにくかったです。
(2)セリフが通りにくかった
  けっこう期待していたので残念でした。

観劇後これほど家族や友人と作品について話したのは珍しいし、悩んだ挙句ではあるが「面白くなかった」という評価にした例会は、自分の市民劇場歴史の中では初めてかもしれない。
  他人の劇評も聞き、中でもきちんと作品の裏テーマ的に描かれているあの時代の人種差別の問題やそのような時代にあってエンターテイメントたる映画を創ることに色々な形で熱意を傾ける人々の姿を読み取ろうとされている人の感想は、自分も観劇中から感じていたことであり共感できることであった。また劇団の意図は、コメディの要素で笑わせる部分と特に二幕のある部分ではっきり描かれたように創造者たちの苦悩や喜びをミックスさせること、笑って考えさせられる作品にすることではなかったか、とも思った。
  しかし、そんなことを想像・理解してもなお自分にとっては心地よい作品ではなかった。 理由はただひとつ『風と共に去りぬ』が、あの演出も演技も、そして何より台詞のひとつひとつが、約80年経った今でも素晴らしいと思っていることに対して、劇中での取り上げられ方にとても違和感があったからだ。例会前に再度DVDも観て臨んだ。この劇の中で再現された映画の中の色々なシーン(プロデューサーたちが演じて見せるような場面)は、実際の映画の場面がすぐに思い浮かんだが、ギャップは大きく、あのような形の“お笑い”にしてほしくはなく、映画が茶化されているようで不快だった。
  “喜劇”は、すべったり転んだり叩き合ったりやたらと早口でしゃべったりしなくても創れるのではないか、あの、想像を超えるような短期間の死闘の中で作品を創り上げたエピソードは「真剣に取り組む人たち」をそのまま描いても十分“おかし味”は出せるのではないかと思った(他人が真剣になる姿は視点をちょっとずらせば”“喜劇”になりうると、思う)。
  もちろん好みの問題もあるし、喜劇論についてはまったく素人の意見であることは許していただきたいと思います。

演じている方たちだけで盛り上がっている感じで、こちらに伝わってこなかったんでしょうか?
  何しゃべってるんだかわからない箇所も多々ありました。
  「ロミオとジュリエット」でも、そういう箇所はありましたがそれはあまり気になりませんでしたが、今回は、何言ってんだかわからないのもいやになりました。

今回初めて劇を観劇させていただき、役者さんの熱演は素晴らしいと思いましたが、ストーリーに於いてこちらに訴える何かがなかったように思います。
  ただ最後にタラのテーマが流れた時には感銘いたしました。

残念ながら私も“おもしろくなかった派”です。
  とうとう,演劇の世界にのめりこめないままでした。 

確かに判断が難しい劇でした……。
  翻訳劇で、コミカルな言い回しが日本語にした時にパっと判断できる訳になっていない場合も多く、また下地として、アメリカにおけるユダヤ系移民の考え方が必要になりますので、決して移民の多い国家ではない日本人には、中々ピンと来ないところも多かったかと思います。
  少し厳しい感想になりますが、以下、劇の感想です。
  今回の劇は、アオリ文句が名作映画「風と共に去りぬ」誕生の実話コメディとなっており、実際に劇の前半は製作現場のドタバタぶりをコメディで見せる展開である(翻訳劇であり、劇中のジョークなどは日本風にアレンジされているものの、やや早口で聞き取りにくい箇所も多かったのが残念である。ピーナッツとバナナを食事に頼むシーンも、何かしらの意図があるのかと思ったが、そこまで読み取れなかった)。しかしながら、ここで取り上げられる映画は、プロジェクトXのように「風と共に去りぬ」でなければならないというものではない。劇中の映画スタッフである3人の台詞からは、さして原作に対する愛が感じ取れないのである。
  劇も後半になると、少し展開が変わってくる。原作の作中に出てくる人種差別に対し、時代にそぐわないから変更を加えるべきだと執拗に訴えるベンに、プロデューサーのディヴィッドは小説の台詞を変えるつもりはないと突っぱねる。 何故こうもベンが人種差別に反応するのかといえば、もちろん時代情勢もあるのだろうが、自身がユダヤ系移民であり、またディビッドが同じくユダヤ系移民であることに起因している。彼らはいくら名声と富を得てもビバリーヒルズには住むことができない。一般大衆が喜ぶ映画を作ることで、ハリウッドという限られた場所の中で居場所を築いている自分達に、心の底では違和感を抱いていることが語られる。ドイツ系アメリカ人であり、南北戦争のころには既にアメリカに祖父が住んでいたヴィクターがこのシーンではさしたる感慨もなく傍観しているのと、対照的である。
  劇中で、ベンは何度も「何故この作品を選んだのか」「人種問題を問いかけず、ただのメロドラマにする意味はあるのか」と問いかける。それに対して、ディヴィッドは明確な答えを出さない。世界中で親しまれている作品であり、一般大衆が喜ぶだろう作品を選んできたという以外、思想的な作品への思い入れなどは感じとれない。あえて言うなら、一般大衆に受け入れられ、アカデミー賞を取るのが、義理の父親への、そしてユダヤ系移民である自分の立ち位置を獲得するための目的なのではないかと思われる。実際のところ、脚本書きが最後までたどりつき、特に誰も幸せにならない結末を迎えると、その場にいた3人ともがその内容に全く納得していないことが分かる。彼らはこの作品に対して、原作が好きだからよい作品を作ろうという熱意ではなく、流れ作業のように大量に作られている映画の一本として対応している。物語の最後は、慌ただしい5日間が終わり、また次の慌ただしい日常が始まることを感じさせて終わるが、その〆としてディビッドが自信たっぷりに「よい映画ができそうだ」と義父に語るシーンに、どうも納得がいかないのである。何せ、もの凄い5日間だったことは分かっても、脚本的に趣向を凝らした素晴らしいものができあがったようには、この時点では見えない。
  もっとも、実際のところ「風と共に去りぬ」は大ヒット作となる。私は残念ながら映画は未読であるが、調べてみると「全編テクニカルカラーの長編映画」という当時は珍しい形態、そして主演女優・俳優たちが役柄にあっていたことが受け、ディヴィッドがあれだけ熱望していたアカデミー賞も受賞している。監督のヴィクターが去り際に語ったように、「脚本ではなく、どう演出し、どう撮るかで勝負」して、見事勝ちとった栄冠であろう。
  脚本自体も、台詞を一字一句変えなかったことなど評価を受けているが、その一方で実際には人種差別につながるシーンはカットしたようである。しかしながら劇中ではこの対処は語られていない。
  見終わってから感じたのは、この劇のテーマは「華やかな映画の舞台裏の苦労」ではなく、「華やかな映画製作界の舞台裏で生きる苦悩」だったのではないかということである。そのためには、人種差別に配慮して脚本を変えるという「演出」は入れられなかった。缶詰になりながら脚本を書くという閉鎖された空間の中で、自分自身、差別を身を持って感じながら、どこか張りぼてのような華やかな世界で生きていく矛盾や苦悩をディヴィッドやベンを通して語ることが目的だったからだ。 そのような、タイトルやアオリ文句から期待される「展開」と、実際の「テーマ」のずれが、この劇を見ながらどうも中途半端に思わせ、感情移入することを難しくした要因ではないかと思われる。

結構楽しみました。
  映画製作の裏方の話という案外地味なネタをどうやって広げるのかは、役者さんの見せ所で、少なくとも私のツボにははまっていました。
  後はやはり予習があるかどうかだと思います。
  有名な映画で、当然皆が知っているという内容のため、当時のスターの名前を盛り込みながら、ハリウッドの雰囲気が出ていました。ただ、海外で演じられた原作に忠実に作っているためか、コメディとはいえ単純に笑えるネタでは無かったのかもしれません。これが、「七人の侍」の裏話だったら、鳴門でもうけるのでしょうか? 万人受けする演劇というのは難しいのでしょう。
  今回も、都会であれば受けは違うのかもしれません。
  私は映画をもう一度見たいです(予習はしましたが一気に見たので、後半部まで集中できていませんでした)。
  総じて感想は「おもしろかった。映画を見たのでなおさらでした」です。
  なお、交流会には参加できませんでしたが、後で役者さんを調べたら、すごいキャリアの方々ばかりで、特に脚本家役の方はお話したかったです。 

よかったです。ビデオ(映画そのもの)が、とうとう事前に観れてなかったので、ちょっと残念でしたが。

「風と共に来たる」は大衆演劇ではなく、ハイレベルな喜劇舞台ではないかと思います。と申しますのは、話していることが良くわからない。
  またなぜバナナとピーナツなのか?このジョークが分かる人と分からない人がいると思います。「風と共に去りぬ」をよく理解している人は本当に面白かったでしょうね。
  だから都会では受けるが、地方では受けないかもしれないです。
  私の感想としては乱闘シーンとバナナとピーナツのシーンが面白かったです。だから○ですよ。もっと「風と共に去りぬ」を観ていたらもっと笑えたかなあと思います。

前半だけは見たのですが体調がすぐれなかった為、途中で帰ってしまいました。
  前半だけ見た感想ですが、面白くなかったです。
  後半まで観たら面白くなったのかもしれませんが、前半はあまり話の進展がなかったので。

この劇を観る前に「風と共に去りぬ」を見た。75年前の映画とは思えない輝きを今でも放っていた。「風と共に来たる」は「風と共に去りぬ」ができるまでの苦労話を面白おかしく描いた劇だと期待していたが、喜劇仕立てにしたために当時の苦労が苦労として伝わらず、結果的に名画を損なってしまった様に感じた。むしろこの題材で描くなら、シリアス劇にした方がよかったと思う。

役者の声が前の席でも聞き取りにくくて、よくわからなかった。喜劇ということだったが、あまり笑えなかった。映画づくりにかける情熱が十分には伝わってこない作品だった。洋物の喜劇の感性が私に合わないのか、テアトル・エコーの作品がそうなのか判断に困る。同じテアトル・エコーの「ら抜きの殺意」は永井愛作品だったためか、とても楽しめたいい作品だったので、よけい残念だ。

映画のメイキングビデオって、映画を超えるおもしろい作品もあるけれど。映画の本編を補完する場合が多いですよね。
  「風と共に去りぬ」の脚本完成までの意外なエピソードを劇にしたら、意外に面白くなかったです。3人の会話に入っていけなかった。どうしてかしら。どんどん増えていくボツ原稿のゴミに気をとられてしまったのかしら。

「原作の映画を観ることなしに運営サークル当番はできない」と一週間前にやっとDVDで勉強?そのおかげで昔、父か母と映画を観に行ったことを想い出し、また今回の観劇のおおいに役だったことをうれしく思いました。
  今回初めての新会員さんからは少しむつかしすぎてという意見がありました。私の説明不足だったことを反省しています。

スカーレット・オハラの逞しく生きる姿と、広大できれいなアメリカ大陸の景色を思い出しながら、もちろんタラのテーマも思い出しながら見入ってしまいました。
  時間なんかあっという間でした。セルズニック、フレミングとヘクトの激論に引き込まれました。時折のポッペンガルが出演して絶妙なピーナッツの差し入れで心の底から笑ってしまいました。セルズニックがいないとこの名画はなかったと言われていますが、今回の劇を見て納得できました。もちろん、フレミングとヘクトもいないとできなったのはもちろんですが。
  このような感想になるのも演じています俳優・女優さらにスタッフの皆様がすごいからです。長い時間のセリフどうして言えるのか、私たちを引きこませる雰囲気はどうしてできるのか、プロはすごいです。
  もう一度見たい作品となりました。ありがとうございました。

五日間の時間経過を感じる演出に一緒に脚本を書いているような、疲労感がありました。ほとんど三人の役者さんの会話だけで構成されているので、すごい演技力だと思いました。が、三人だけしか笑っていないジョークについて行けず淋しい場面がいくつかありました。「風と共に去りぬ」(DVD)を観たくなりました。

作り手の熱意は伝わってきたがセリフがよく聞きとれない所があった。そのため、特に前半はよくわからなかった。
  ラストの映像と流れてきた音楽が印象的だった。
  それにしても「あしたはあしたの風が吹く」じゃなく「あしたは別の日だ」とはどういうことだ?

声が聞き取りにくかった(早口なので)

「映画「風と共に去りぬ」の名作ができるまでにたいへんな苦労があったんですね。

「風と共に去りぬ」マーガレットミッチェルの本を読んだのは遠い昔のことですが、映画のビビアンリーの美しさとクラークゲーブルのかっこよさが心に残っています。
  タラの農園の燃え滾るようなオレンジ色とシルエットが印象的でしたが、この劇を観て製作現場の様子が分かり面白かったです。

鳴門例会カーテンコール
鳴門例会カーテンコール写真は劇団の許可を得て鳴門市民劇場Webページ作成委員が撮影しています。

は中高生及び高専生の感想文


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