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木村有里さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問67

  劇団NLT「OH!マイママ」鳴門例会(2014年11月27日)で“マチルド・ラスブリー”役をされる木村有里さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
ブールヴァールコメディーとありますが、これをどういうものと捉えたらいいですか。 木村有里
木村有里(敬称略 以下木村と略)
今回のお芝居のことについて? フランス・パリにブールヴァールという通りがあるんですが、そこから始まったコメディーですね。ちょっと笑わせたりしてね。楽しいお芝居を主にやっている。今回のものに関しては、フランスで性同一性障害みたいなものを取り上げたのは早かったのですね。パリ初演は1984年ですから。今でこそ日本でも理解があったりしますけど、フランスはそういうとこが早いんですよ。でも、それをそのままの形で、ただ日本にこういうものですよと紹介しても余り意味がありません。2009年の東京公演は、オリジナルのままでは観る方に共感をいただけないと思い、演出の釜さんが、日本人の心情とか、親子関係とかいろんなものを取り入れて演出しました。でも、基本は勿論性同一性障害です。茶化すのではなく、やっぱり本当に悩んでいる方もいらっしゃるだろうし、そこに配慮されたんですね。実は1993年のNLTの初演では、メイドさんのシーン、実は私も男だったんだよと言って、チャンチャンと終わる芝居だったの。翻訳も演出も違う方でした。この時はお客さんがアハッハッハと笑って終わりだったんですけど。でも今回の佐藤康訳、釜紹人演出では、本当に性同一性障害で悩んでおられる方を意識して作って下さったのね。そういうことがとても今回の共感を得られたことだと思いますね。違うツアーの時に「実は私も」と言って障害を隠していた会員さんがいらしたことがあるんですよ。だからNLTでは単なるブールヴァール劇を日本に紹介して、ただ笑っているという形じゃなくて、親子の感情ですとか、いろんなものも入れながら創っているんです。
私もそれに共感していますし、今回の芝居はそういう芝居になっていますね。
鳴門
ストーリーの展開が予想もつかないところがあり、笑いもあり、家族の大切さも考えさせられるし、と色々ありますが、この芝居に対してどういう風にとらえられているのでしょうか?
木村
いまダブって言ってしまいましたけど、うちはセット的にいろいろやっているんですけど、 そういうものにとてもこだわるんですね。それが私も好きなところですね。初めのところでクリムトの絵があるんですが。
鳴門
びっくりしました。
木村
ああいう風に導入していくって、本には全然書いてないんですが、なんか雰囲気があって、素敵な世界に誘うような趣がある。そういう形でまずやったんですよ。楽しんで観ていただくには、すごくいいかなと思っています。
鳴門
僕は今日観せていただくんですが。
木村
じゃあ余り言わない方がいいかな(笑)。衣裳もすごく高いんですよ。公演が終わったあとで交流会することがありますよね、二回公演の時とかは、私は公演そのままの衣裳で出るんですよ。そうするとお客さんは余計喜ぶんですよ。そういう衣裳の楽しみがある。今回、もう一人の女性がでるんですが、女中の役なので余り着飾らないんでね。私が精一杯着飾って、そういうことも楽しいの(笑)。
鳴門
演じていてそういうとこも楽しみですね。
木村
そうなんですよ。だから私は個人的にも一杯持っていますよ。イヤリングから何から何まで。今回も頭をもう一回結ってきたんですけど、余りカチッと結っちゃうと自然な感じがしなくなるでしょ。ヘアーの係りの人に、何かちょっとくしゅくしゅしている感じでとお願いした。また一杯刺しているの、ちらちらするように。家にあるものを全部つけてきたぐらい。衣裳の楽しみですね。
鳴門
ところで、今回のお芝居で、本当にここだけは見逃してはいけないところはどこですか(笑)。
木村
見逃してはいけないところ? 見逃していけないところと言えば全部なんだけど(笑)。前半は、筋の関係とか、お話の前提だからしょうがないんですけどね。ただ笑わせたりするだけでなくて、ちょっと気に入っているところは、男女が二人っきりになったりするところです。皆さんも昔そんなことがあったでしょう。結婚する時とか、恋愛している時とか、そういうところで、皆をくすぐるというか、皆さんに思い出させる。そいうシーンがあるの。ただのドタバタで、アッハッハでなくて、心情をちょっと思い出してね。そうするとお客さんもただ観ているだけでなくて、あの時そうだったと、何かしらない間に自分に置き換えているようなのね。そこはちょっとムード出してね。それがあるとちょっと贅沢というか楽しいじゃない。どこも見逃してもらっては困るけど、ただ筋を運んでいるところと、出会って、そういうシーンを生きているところを観て頂ければと思います。
鳴門
演技されていて、ここは難しいね(笑)とか演りにくいなとかいうところはありますか。
木村
大体コメディーだから、演りたくないというところはないですね。ただただ演っちゃう(笑)。普通のお芝居だったら、貫通行動っていって、行動を貫くというのがある。私は誰々が亡くなったからずっと悲しい、何かした時もずっと悲しい気分でいるとか。
でもコメディーの場合は、悲しいのは一回忘れて楽しい場面に入っちゃうとか、本道があって、こう行くべきところを、ほとんど横道に行っちゃうんですね。こっちの方がかえってふくらんで、とっても楽しいところでね。だから、あまりやだなというシーンはないですね。かえって拾おうというか、そういうところをもうひとつ生かすというか。やりにくいところでは、余りやったことのないところですね。川端君と私が恋愛をやってる時は照れちゃったりする、コメディーばっかりやって、普段そういうシーンは一切ない劇団ですから。それでやってると、お客さんも向こうへは行かないんですよ。いい芝居というのは向こうへ行かせるっていうか、一回忘れさせて、家庭内の複雑な関係とか、さっき起こっちゃったこととかね、忘れて何もなくやるところですね。これがコメディーの良さかしら。ここで川端君は照れているけど、照れて好きですと言っていると、お客さんには無理しているのがわかるんですね。だから苦手といえば、向こうも苦手だと思うけど、そのことを忘れて、考えないでその気になってやることが大事ですね。親子を先輩と後輩がやっているのを見た時、子供が恐縮してるような演技では何も面白くない。本当に舞台によって出会うというかその気になるのが大切だと思う。今回もあるんですが、本当に好きになる、可愛がるとか、それをすることで克服していく。克服するって大げさなことじゃなくて、自然にそうなっていく。なんといってもコメディーは楽しいんですよ。色んな人とやった場合は、悲劇なんかはそのまま使えるでしょ、コメディーは正直にやれるし楽しくやれる。
鳴門
木村さんの個人的なことをお聞きしたいんですが。ドラマ、舞台、声優といろいろされていますがどのように演じわけているのでしょうか。
木村
私は声優では余りやってないの。でも夫(安原義人)の影響を受けて声優の「あてる(向こうで喋っているのみて、声を合わせる)」のをやってみたんですね。ところが私は早口なのね、だからどうしても早くなっちゃうの。昔は画面を一回見て、テストして本番でやらなきゃならなかったの。そうすると気がせいちゃうから、どんどん早くなって、向こうがまだ喋っているのに、こっちは喋り終えてる。そうすると、ディレクターの人が「そこで」を入れましょう、そうすれば丁度合うからと言う。それで入ったかなと思うと、まだ早いから「しかし」をいれましょうかと言う。それでも早くなってしまう。木村さんはいくら入れても早く終わりますねって言われる。それがトラウマみたいになって苦手なんですよ。しかし、声優の仕事にこのところすっかりはまってしまって、「メリダと恐ろしの森」というディズニーのものですが、そのお婆さん役をやったときは、「何とかで何とかでねー」と言うのが堪らなくなりましたね。そっちの気持ちと一緒になって、一心同体みたいになって、ああいう喜びがあるのね。それから「ポリティカルアニマル」(WOWWOWでやっている)のレギュラーを頂いた時に、それがエレン・バーンスタインという名優がやっているものですが、内容的には6分間やらして頂いたらその遣り方が分かるのね。でも私がやるんじゃなくて、その方がやる訳でしょう。その方がやっていることに、一心同体となって、その気になってやる。これは、アル中みたいなとこもあったりして、乗っちゃってアテレコハイみたいになりましたね。
一方舞台は2時間半、とにかく始めは出会って、悲しんで死ぬとか別れるまでを一気にやらなきゃならないので難しいと思いますね。
でもTVが一番難しいかもしれない。1カメ2カメ3カメと来ている時に、こっちで喋っていても、今はこっちから来ているから、3カメの方を見なきゃいけないなとかね。これじゃあ余り良くないなあとか、それに慣れているからそっちの方に顔を見せるとかね。パッとドアーを開けて「誰?」と言うときに、舞台だったら自分で「誰?」ってやれるんだけど、TVでは、パッと開けてからアップがあって「誰?」とやらなければならないから、コンマ何秒か遅れるわけですよ。そういう難しさがあるので、舞台がやっぱり一番。
鳴門
やっぱり舞台がいいんですか?
木村
良いっていうよりは知ってるんですよ。お客様と一体になれるんですよ。相手役もそうですが、お客様と一体になれる。でもカメラは機械だからね。舞台は笑って頂いて、拍手頂いて、もうやめられないですね。
鳴門
月並みですが、この道に入られたきっかけは何だったんでしょうか?
木村
私、子供の頃人見知りだったの。恥ずかしがりやで、幼稚園なんかも全然駄目だった。でも内弁慶だから、家に帰ってくると、ロカビリー歌手をまねて箒でビーンビーンとやってみたり、親戚の人が来るとワーワーやって喜んでもらったりしてた。物まねが好きだったの。そしたら小学校の先生が東童(児童劇団)というところがあるから是非行きなさいと言ってくれたの。小学校5年生の時に行ったら大人の男と一緒に九州廻って、松山とか道後温泉とか四国も廻ったのよ。でも学校から1ヶ月間いなくなっちゃうの。劇団に大学生がいるから、その人が家庭教師みたいにやってくれて。今は問題になるけどあの頃は許されていたのね。それでね、はまっちゃってね。子供の時に将来何になりたいかというのがあったんだけど、皆はトラックの運転手とか美容師と書いていたけど、女優って書いて、尊敬する人は観たことないのに杉村春子と書いてね。その時に覚えてしまうのね、生の舞台の良さを。また書いたり、しゃべったりが、うまいものだから、答辞も読んだし送辞も読んだ(笑)。卒業式が盛り上がるのよ(笑)。成績のいい子は、「お父様、お母様」と上げ口調で言うけど、「お父様、お母様」と少し抑えた口調で言って絶句して、それでもプロだから続けていってね(笑)。だけどそこで一回やめるんですよ。俳優座の養成所へ行こうと思ったんだけど、東宝の芸術座が募集していたので受けて、そこの舞台部に入ったのね。山田五十鈴先生やらとご一緒して、5年間そこに居ました。その頃は年間364日ぐらい舞台に立っていました。その東宝に居た5年間には、昼間は次のお芝居のお稽古をしながら大体1ヶ月間。東京でやって、名古屋でもやって次は九州でみたいな。その間、すごく大きな役を頂いて、山田五十鈴先生と島田正吾先生と森雅之さんと一緒で、「とりかへばや秘文」っていうのですけど、その時の脚本が菊田一夫先生で、書くのが遅いもので、舞台稽古の時に3幕が出来てきたの(笑)。ポスター写真には出演者の写真が入っているから、その人たちを使わなきゃならないでしょ。大変でしたよ。私は21歳ぐらいで老け役をやっていたので、お茶とか三味線とかありとあらゆるものを習ってたの。東宝では一通りできないといけないのね。一つの役をずーっとやるのはスターさんだけ。私は17歳の時から50歳くらいの老け役までやってたから、あの子しかいないと言って、オーラスのシーンで、森雅之さんの奥さんの役をやったの。お茶習ってたから、扉の開け方からドアーの開け方から襖の開け方までは難なくやれたのよ。とにかく21歳かそこらの頃、「こちらでございます」と言わなきゃならない。これでどうでしたか?と聞くと、研究生はやっぱり研究生ね、と言われてちょっとくしゅんとなってね。スターになりたいとかはないんだけどね。 
ちょうどその時、賀原夏子先生が打ち上げパーティーにこられたんです。その場には吉右衛門さんも来られていたんですが、私は物まねがうまいもんですから、他の人の真似とか、子供の真似とかをやったんです、美空ひばりさんとかもね。そうしたら吉右衛門さんがひっくり返って笑ったの。こんな面白い子がいるのに勿体ないよね、ここにいたんじゃと言ってらしゃったらしい。そんなことは知らないから、飯沢先生を存じ上げていたので「5年やったけど、もうちょっと違うところへ行きたい」と言ったら、「君はコメディーのセンスがあるから、僕が顧問やってるNLTというところがあるから、そこの養成所の試験を受けてみたら」と言われ受けに行くと賀原先生が、あの子が来たと分かったのね。「もういいいよ、5年間もやってきたんだから」といって直接劇団に入れてくださいました。私、子役からもう何千回と舞台は踏んでいるのよね。だから一番好きなのかも知れない。
鳴門
表現というのはある程度天性のものですか?
木村
私は、なんかひょうきんな女の子ですよ。今では一杯いらっしゃるかも知れないけれど。東宝に居た時に、日本舞踊、常磐津、義太夫と全部一応やったきたのに、NLTに来た時には演り方が分からなかった。三味線をどう持ったらいいのかとか、その役がどうやって人と知り合って、愛し合って、別れたりってことになると分からなくなる。これではいけないと、メソッドの勉強をし始めたんです。ニコラ・バタイユさんっていうフランスの方がいらして、そのシステムを7年間ぐらい習いましたね。だからフランスのものは大好きです。
鳴門
ちょっと話は変わりますけど、舞台を離れての趣味とか日常生活のあれこれありますか?
木村
だから役者馬鹿なんですよね、やっぱり。
鳴門
義太夫が趣味とお聞きしましたけど。
木村
若い頃、趣味というかやっていたんですけどね。特技というかやれなくはないんですけど、あの呼吸のやり方を、あの時やっていて本当に良かったと思いますね。常磐津なんかは鼻で言ってみたりしてね。その時に全部教わったんですよ。だからすごいものですよ、日本は日本の喋り方だからね。外国のものじゃないから。だから歌舞伎の人の喋り方もあるでしょ。ああいうのって分かりますよね。ためて、喋るとかね。そういう意味では、趣味っていうのはないですね。
特に趣味っていうと余りないですけど、昔は観劇旅行ですね。20歳の頃から3年ぐらい前までは毎年行ってました。ロンドンとか、どこかに15日間ぐらい居て30本ぐらい観てくる。昼夜、昼夜と観て、そういう時間がたまらなく好きだったの。最近は、ロンドンでもコメディーを余りやらなくなったのね。もうちょっとグロテスクだったり、ストリップになっちゃうとかね。やっぱりテロのことなんかあったでしょう、夜なんかはピーポー、ピーポーと鳴るようなことも多いからね。やっぱりコメディーが好きだから、ニューヨークへいくよりもロンドンとかフランスの方が好きだった。
鳴門
英語とか現地の言葉でやるんでしょうか?
木村
言葉は全然分からないんですけど。うまい人の演技は分かるのね。筋はある程度分かるでしょう。後ろ向きながら聞いていると、それが重要だなと分かるものね。筋なんかどうでもいいんだけど、そこの空気感みたいなものがあるでしょ。
鳴門
その空気感みたいなものは必須条件ですか?
木村
そうですね、やっぱりね。
鳴門
言葉とかは分からなくても。
木村
そうですね。歌舞伎を外人が喜んでいたりするのもね。私たちだって分からないものを。表現の方法というかああいう表現ってないでしょう。素晴らしいですよね。
鳴門
子供の頃から、いろんな習い事をされて、そういう事が今に繋がって現在に至っている。素晴らしいことですね。
木村
4人共、女姉妹だったんですけど、父が子供の才能を見抜くのは親だからと言って、一番上の姉はバレーをやらせたんですよ。私もちょっと習ったんですけど。それで私を児童劇団みたいなところへ連れて行ったの。私は全然恥ずかしがりやで駄目だったんだけど。姉はバレリーナになったし、姉の娘も今はバレリーナをやっている。そんなんで子供の時に紹介してくれた、連れて行ってくれたのが良かったかもしれない。勉強の方は全然駄目だったんですけど。
鳴門
好きな言葉、座右の銘とかありますか。
木村
「愛と平和と笑い」かしらね。笑顔というか。笑いだけだとちょっとね。やっぱり皆が幸せになる。ナチュラルケアーが出るって、この間もTVでやってたけど、がんの方が治るっていいますよね。また笑いヨガってあるでしょう。やっぱりこういう風にして口を開けているだけでも違うんですね。本当にコメディーやってて良かったと思います。役者だから何か訴えたりとか恨んだりしてもいいんですけど、それによってお客さんが下を向いてしまうのもいけないわね。自分がやりたいからやるというのは、もう卒業しちゃいました。とっくの昔にね。自分の体を使って、表現を使って、皆が笑って下さるのがいい。考えてみればその程度でいいんじゃないかなと思うの。
鳴門
私たちが演劇を観る時に、今日のお話を伺って、すごく勉強になりました。
木村
参加型っていうのか、演らせて頂くとか、やりますというのでなくて、三位一体になってね。
相手役がいないと、壁に向かってやるということになって、それじゃコメディーにならない。昨日ゲネプロの時、うれしかったのは、笑い声が聞こえたんです。勿論、自分たちのウォーミングアップでやっているんですが、こればっかりは分かるんですね、笑いで。だから「ハッハッハ」と言ってもらうと、あーきてるきてると。こうなってる、この感じがたまらない。だから是非表して欲しいし、是非笑って欲しい。隣同士で「ハッハッハー」と笑って下さる、これがいいよの。だから木にも登りますよ。笑って頂けると、拍手頂けると、こらえないでもらいたいの(笑)、笑って頂きたい。
こんな会ないでしょ、世界広しといえども。一緒にセットを作りながらお手伝いをして下さる、最後は、芝居終わってからもセットを解体してくれる。あーシャンデリアはこうなっているのねと思って下さったり、ただこれでおしまいというのでなくて参加して頂いている。是非この会を続けて欲しい。自分の年齢が高くなったので、よく分かるんですよ。
鳴門
私たちのような演劇鑑賞会について何かあったら一言お願いします。
木村
今言ったように、本当に自分もそうだけど、自分の体が具合悪くなったり、介護しなきゃならないとか、そういう事は日常的にあると思うんです。だけど、そういう最中でもここへくると一回は笑ってもらえる。生のものの素晴らしさってあるでしょう。徹子さんとも喋ったことあるんですけど、贅沢な仕事ですよねって言うんですよ。一回公演であっても1ヶ月は稽古するわけですよ。1ヶ月公演と同じだけやるんですよ。このキャパシティーだけの人しか観ないのよ。一期一会じゃない、今日のお客さんとは。そのお客さんたちが育てて下さるのね。しかも東京では財政的な問題から、8回ぐらいしかやらないの。でもこれは既に100回ぐらいやらせてもらっているの。安定して、いい意味でいうと慣れているというか、教えて頂くの、お客様から。こうやって自分たちは分かっているつもりでも、笑っていただくと、こういう風に面白いんだとか、だから皆うまくなっているでしょう。若い子たちもやっぱり場数を踏まないと駄目なんです。東京の6,7回では場数がいかないんです。その回数をやらせて頂く、お客さんの多さの中でコメディーを教えてもらっている。
でも大変だということはよく分かっているんですよ。続けてやって頂けたらと思います。是非頑張って下さい。
鳴門
どうも有難うございました。                                         

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