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田岡美也子さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問77

  グループる・ばる公演「八百屋のお告げ」鳴門例会(2016年7月10日)で“本田真知子”役をされる田岡美也子さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
昨日、おみくじを引きに行って、すごくタイムリーに「大吉」をひいて喜んで戻ってきたんですが、芝居の中でこんな運の悪いお告げが出たらすごい気にしてしまいますが、この「八百屋のお告げ」という作品の見どころを教えて下さい。
田岡美也子(敬称略 以下田岡と略) 田岡美也子
私たちが初めてこの作品を上演したのは10年前ですけど、作家から、何故八百屋なのかという話を聞いて、すごく納得しました。それは、八百屋というのは毎日萎んでいく野菜を見ています。生体エネルギーが萎んでいくことに対して敏感なんですね。だから人間をみても、この人が負のエネルギーの方に向かっているのか、プラスの方に向かっているのかが見えてしまうということなのです。
その話がサブストーリーであると聞いた時、とてもいいなと思いました。結局は、明日もし自分が生きていられたら、こうしたいという気持ちになっていくんですよね。いよいよ最後の日『生きているうちにもっとぎゅっとお互いに抱きしめ合えば良かった』と主人公が言うんですけど、もう明日はないと知って後悔が顔を出してくる。これが今切実な問題と思えるのは、10年前に比べて、本当にいつ死ぬか分からない人たちのニュースを毎日見ているからですね。思いがけず理不尽に殺されたり、災害も頻発しているし、もし今日で終わりだったら自分はどうするんだろうということを、一緒に考える、そんな一晩になってもいいんじゃないかなあと思っています。
鳴門
ご苦労なさったことがありますか。
田岡
寄る年波との闘いですね(笑)。こんなに記憶力が悪くなったのかなあ(笑)と…。大体この作品は3度目なんですよ。今回『もっと大人になろうよ』ということで、語尾を結構変えました。そこで語尾がいかに大事かもわかったんですけど、スムーズになってきたと思ったら、前の口調がでてきたりしてそれとの闘いもありましたね。特に私たち3人は朝早くから稽古をやったりして、本当に学校の演劇部みたいでした。苦労しました(笑)。だけど逆に新しい芝居に挑戦してるような気分でしたね。再再演と思えないくらいに。
鳴門
俳優を目指したきっかけは何だったんですか。
田岡
俳優は全然目指していなかったんですよ。大阪の女子大へ行きました。男女共学に行きたかったのに、なぜだか女子大に行っちゃったんですね。女の子ばっかりで固まっているのがいやで、色んなサークルをやってみようと思いました。その中で演劇部は他の大学との合同だったんです。まあ最初はスタッフとしてやってみようと思って入ったのですけど、女の子が少なくて無理やり役者をやらされました。その時うまくいかなくて、でも何か稽古より本番のほうが面白かったという実感がありました。まさかこんなに長くやるとは思いませんでしたが、それがきっかけでしたね。
鳴門
映像より舞台のほうが好きですか。
田岡
そうですね。醍醐味が違いますよね。緊張感も違います。映像は一発で出来なきゃだめなんですよね。舞台の稽古だと段々お腹に落ちていって、色々熟していくんですよ。映像だとさっさとやらなくちゃいけないし、もう一回やらせて欲しい気分がいつも残ったりして、悔しい気持ちで終わることがよくあります。芝居はつながってますから・・・。
鳴門
趣味があれば聞かせてください。
田岡
3年くらい前から俳句をやりだしました。
なかなか時間がとれないですけど、句会がすごく楽しくて…。ここで色んな職種の人と知り合ってね。皆すごいユニークで、女医さんがいたり編集者がいたりして面白いの。私は和歌が好きだったんですけど、俳句のほうがすごく面白いなあと思いだしました。「事実」を見てそのことだけを述べて、行間に自分の気持ちを入れていくというのがいいですね。
鳴門
やっぱり表現するというのは良い事ですね。
田岡
自分の思いを表現したい自分を制御していくという世界で、「思い」にこだわる私との闘いです。毎回苦しみますけど面白いですね。ものすごく深いなあと思います。
鳴門
句会旅行とか行くんですか。
田岡
吟行には2回ぐらいしか行ってませんけど…。俳句というのは1人で書いてるだけでは駄目なんです。句会で何句か出しますよね。誰の句か分からないまま、自分でいいと思う句を選びます。そこで何故この句を選んだかを一人ずつ言うわけです。それがものすごく面白いです。先生に言わせると一人で書いても駄目なんで、「句会」というものがいかに大事かっていうことがそのやり取りの中でわかるというのです。皆、誰が書いたのか分からないので、ものすごく言いますよ。すごく批判されたりするけれど、それはそれで新鮮ですね。
それと私は趣味というか生活ですけど、猫と共に生きているんです。猫が生活の一部で、癒されています。
鳴門
こういうふうに地方へ出てくる時は猫をどうしているんですか。
田岡
夫にやってもらっています。私、外猫もやっているんですが、外猫仲間もいて頼んできています。
どの猫も手術してあります。皆よく捨てていくんですよ。それもちゃんと里親探ししてやっています。
鳴門
話は変わって、この舞台のような、あなた明日死にますよと言われたらどうしますか?(笑)
田岡
こんなふうに言われたら理不尽で、絶対信じないって闘っちゃいますけど。だけど時間が迫ってきたら不安になると思います。結局は昨日と同じ今日を過ごすんじゃないかという気がします。それと私はなつかしい友達に電話をしたり、お手紙を書くような気がしますね。最後に、食べることよりコーヒーを飲みたいなあという気がすると思います(笑)。
鳴門
すごいパワーを感じるのですが、パワーの素はなんなんでしょうか。
田岡
これから先はわかりませんけど、今までは心の奥底でyes,I doというのがいつもありました。やってみなきゃ分からないというのが私の精神でした。両親に反対され勘当されたのを振り切ってこの道に入ったんですけど、どうせ人生は後悔だと思っていたから、何らかの後悔を持って終わるだろうと思っています。反対されて大変だったから、あきらめたというより『やってみないとわかんないじゃないか』というのが私の精神でした。1%の可能性があったら、その1%に賭けたくなる性質なんですよ。良いことなのか悪い事なのかは今は分からないですけど、自分が納得するだけですね。結局もっと分別が良かったら、そんなしんどいことやらなかったような気がする。分別悪いんだと思います(笑)。
鳴門
今までいろんなところに出演されているし、映画とか舞台に出られているんですが、一番心動かされたものは、何かありますか。
田岡
私は映画自体を映画館では観なくて。ビデオとDVDで何回も観たのがアンジェイ・ワイダの「灰とダイヤモンド」ですね。それと若い時観たのは「追憶」です。何回も観ましたね。レッドフォードとバーブラ・ストライサンドですね。あれは好きでしたねえ。
鳴門
好きな小説はありますか。
田岡
今の若い人には『えっ?』て言われるんですけど、私は大江健三郎さんが好きで、若い時にすごい影響を受けたのは、「人生の親戚」という本です。
鳴門
難しいんじゃないんですか。
田岡
そうでもないんですよ。あれは光さんのことを踏まえた話なんですよ。実話に近い話なんですけどあれを読んで、飛行機の中でわんわん泣きました。久しぶりに姉と会った時に夜中まで話した時に、同じ本を読んで同じように泣いたことが分かって、あ〜私と姉って似ていたのかと思いました。大江さんの小説は長いでしょ。でも「人生の親戚」はそんなに長くなくて一冊ですから。好きでしたね。
鳴門
最後に、我々のような演劇鑑賞会の活動について思っていることがあったらお願い致します。それと鳴門市民劇場の会員に一言メッセージをお願いします。
田岡
実は高校の時に初めて演劇に触れたのは労演なんです。姉が大阪で入っていて、大阪でもそんなに演劇の公演がなかったし、大阪の劇団もそんなにはありませんでした。
労演で毎回観て、すごく感動したのを覚えています。その頃、ロビー交流会って何だろうと思って後ろから見ていて、先ほど舞台に出ていた人がここにいるんだと思った記憶が原点にあります。高校1年か2年の時でした。市原悦子さんを初めてみたのも「クルヴェット天から舞い降りる」で、今でも覚えています。労多くして益少ない仕事ってやっぱり芝居ですよね。1ヶ月余りかけて稽古をして、うたかたのように一瞬のうちに終わる。映画のように残らない。だけど演劇がすごいのはその一瞬は舞台を共有しているんですよね。そのうたかたが単なる経過と考えたら虚しいけど、演劇の醍醐味は記憶にとどまるということなんです。お芝居を愛して下さっている人たちが地方にいるというのはものすごい励みになります。舞台はやっぱり生の良さだと思いますので、若い人たちに是非見て欲しいです。等身大の人間を観て欲しいです。
鳴門
どうもありがとうございました。
田岡美也子さんとインタビューア

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