劇団民藝公演「林の中のナポリ」鳴門例会(2009年3月21日)で“伊沢かの子”役をされる樫山文枝さんを公演前に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。
- 鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
- 今回の公演にあたり数えてみたのですが、民藝は鳴門へ8回もおいでいただいているんですね。まず、1995年3月『グレイ・クリスマス』、そして1996年6月『帯に短し…〈くちなし幻想〉』、1997年3月『君はいま、何処に』、2003年4月『アンネの日記』、2004年7月『巨匠』、2006年9月『明石原人』、最後は昨年の2008年11月『ドライビング・ミス・デイジー』。今回の公演も、とても楽しみにしておりました。今回の山田太一さんの脚本は、民藝では初めてでしたでしょうか?
- 樫山(敬称略)
- いいえ。民藝では2作目ですね。以前は『二人の長い影』というお芝居で山田太一さんにお願いいたしました。
- 鳴門
- 2年ほど前に東京で『林の中のナポリ』の初演を観せていただいたのですが、その時は樫山さんが、伊藤孝雄さんの奥さん役の直子を演じていらっしゃって、亡くなられた南風洋子さんが、今の樫山さんの役でしたよね。それを思い起こしながら、観させて貰いました。今回は老いがテーマですが、一番の見どころはどんなところでしょうか?
- 樫山
- セリフに特徴があるところでしょうか。翻訳劇なんかは長い独白の場面があったりするのですが、このお芝居は一行とか、長くて五行半とかなんですね。日常会話を山田太一さんの台本はとても上手く書き著されていて、本当に会話しているような中でお話が進んでゆくんです。解りやすくリズムがあって、独特な言いまわし。舞台を終えてからもつい同じセリフを言ってしまいます(笑)。また、老いを楽しむというテーマも隠されています。かの子は突然旅にでるんですが、それは無責任な行動のようではありますが、彼女は今までの人生の中でちゃんと社会的責任を果たしてきているんですね。家庭では舅・姑との関係をうまく築き上げ、夫の最期を見届け、社会では学校の先生を全うし、というように。この旅はあらゆる責任を果たした上でのわがままなんですね。そこまで到達したときのふっ切りはすごくよく判ります。素敵な人生だと思います。
- 鳴門
- 最後には、ひきとめると思ったのですが……。
- 樫山
- そうですね、あのまま『林の中のナポリ』で一緒に暮らせたら幸せかもしれないですが、そうするとまたお互いがお互いを縛ることにもなるでしょうし。女の人の方が大胆なんでしょうね(笑)
- 鳴門
- 配役が変わったことで、大変なことはありましたか?
- 樫山
- 南風さんのかの子役をずっと拝見しておりましたので、どちらかというと素直に役に入ることができました。
- 鳴門
- 直子から見るかの子と、かの子から見るかの子では違いますか?
- 樫山
- 直子を演じている時に見ていた南風さんのかの子を、今の私がそのまま演じるのは難しいことですので、私なりにこうした方がいいなと思うところは取り入れて演じておりますね。
- 鳴門
- 脚本の変更点などはありますか?
- 樫山
- そういうことは全くないですね。山田太一さんのセリフ一字一句には、ちゃんと意味があるセリフなのでそのままです。
- 鳴門
- お気に入りの場面はありますか?
- 樫山
- 亡くした息子と重なる思いで、『どこかで誰かにホラを吹こう。息子夫婦がとびきりのペンションを開いているって。』というセリフは胸がいっぱいになるくらい好きですね。
- 鳴門
- 本当にいいセリフですよね。そのセリフを聞くだけで涙が出てきます。ところで『林の中のナポリ』という題名にもやはり意味があるんですよね?雪のシーンと南国のナポリとでは、ちぐはぐなイメージがあるのですが?
- 樫山
- ええ、それは重々計算の上でのことでしょうね。作者が……。
- 鳴門
- なんか洒落ていますよね。
- 樫山
- でしょ?音的にも奇麗じゃない?日常まみれにはなりたくないという思いがおありになるんじゃないかしら。それに、最後のシーンで光りが射し込み、木が回りだす景色は暖かさに満ちていますよね。
- 鳴門
- 最後のシーンと言えば、大学生相手に食堂のおばさんをしていたと語る場面も嘘なんですか?
- 樫山
- 他愛のない嘘をつくのって素敵じゃないですか?このお芝居も前半は、ほどんど嘘なわけでしょ?オードリーへップバーンが隣でコーヒーを飲んでいたなんて言ってみたいと思いません?誰も私のことを知っている人がいない世界に飛び込んだんですから、何でも言える、どんな嘘も自由に言えるっていうのは素敵なことだと思うわ。
- 鳴門
- 樫山さんご自身についてもお教えください。民藝にはどのようなきっかけで入られたんですか?
- 樫山
- 俳優座の養成所を経て、民藝に入りました。文学座と民藝、どちらを受けるか迷ったんですけど、民藝を選びました。
- 鳴門
- なかなか大変なんじゃないですか?民藝に入るのは。
- 樫山
- あのころは、そんなことはないですよ。むしろ俳優座の養成所に入る方がもっと大変ですから。競争率は40倍くらいなんじゃないかしら。だから俳優座から出た人は特別で、みなさん受かったんじゃなかしら。
- 鳴門
- もともと女優になりたいと?
- 樫山
- そんなことはないのよ。ただ、学生の頃に学校をあげてお芝居をしようという話になって、たまたまヒロインに選ばれたの。その公演はかなり本格的で東京女子大の講堂をかりて上演したのよ。美術や衣装なんかもしっかり揃えてね。それで、こんな世界があるのかって思うようになって。以前からお芝居を見てはいましたが、演じる側の世界を体験したのはそれが初めてでしたね。それからかしら、女優になりたいと思い始めたのは。
- 鳴門
- ご両親は反対されたのではないですか?
- 樫山
- それが反対されることはなかったですね。でも、内心では女優なんかとんでもない、そんなことを言ってもなれっこないなんて思っていたんじゃないかしら(笑)。ただ、民藝に入ることが決まってからは、「新劇女優なんだからちゃんとしなさい」って事あるごとに口うるさく言っていましたね。父は、新劇女優って言葉にはすごく尊敬を込めて、話しておりましたね。
- 鳴門
- おはなはんの頃は、もう民藝に入られていたのですか?
- 樫山
- ええ、そうです。
- 鳴門
- 私なんかは、同世代なものですから、今でも懐かしく思い出されます。今もあの頃と全然お変わりないですが、何か日頃からトレーニングとかされているんですか。
- 樫山
- 何もしていません。
- 鳴門
- 何もされないで、こんなにお綺麗なんですか?
- 樫山
- いえいえ。何もしていないものだから先ほど写真を撮るとかおっしゃられた時、アイロン貸してって言いそうになりましたよ。
- 鳴門
- ア…アイロンですか?
- 樫山
- ええ、アイロンで顔のしわを伸ばさなきゃって(笑)。本当に何もしていないですね。きっと、他の女優さんも何もしていない人が多いですよ。
- 鳴門
- 食べ物とかに気を使われたりとかもないんですか?
- 樫山
- ええ、ないですね。あ、でも毎日体重計に乗るとか……そのくらいですね。
- 鳴門
- もし、女優というお仕事に就いていなければ、どのようなお仕事をされていたと思いますか?
- 樫山
- やっぱり、お芝居を観るのも演じるのも大好きだから、こういう世界からは離れていなかったと思うわ。だから、きっと、みなさんのような演劇鑑賞会なんかに入っていたんじゃないかしら。だって、この演劇鑑賞会はすごい組織ですもの。ご自分たちだけで運営なさっているんですものね。これからも、みなさんには誇りを持って活動していってほしいですね。だって世界にも類を見ない団体ですものね。
- 鳴門
- そうですね。それに、こういう活動をしているおかげで、あこがれの樫山さんにインタビューさせて頂ける機会を持つことができたんですから。本当に、市民劇場に入っていてよかったです。今日は、風邪気味で体調のすぐれない中、インタビューにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
- 樫山
- いいえ。こんなお声でごめんなさいね。いつもはもっといいお声なのよ。お聞かせできなくて残念だわ(笑)。でも、とてもいいお芝居なので、今日は楽しんでくださいね。
E-mailでのお問い合わせは 鳴門市民劇場ホームページ nrt-geki@mc.pikara.ne.jp まで。