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嵐圭史さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問42

劇団前進座公演「あなまどい」鳴門例会(2010年9月13日)で“上遠野関蔵”役をされる嵐圭史さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

嵐圭史さん
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
今回の芝居の見どころはどこでしょう?
嵐圭史(敬称略以下圭史と略)
ハハハハ……。この記事は、今日のお芝居を見られた会員さんが読まれるんでしょう? 終わった後に見どころを説明するのもちょっとね……。この作品は時代を離れて、夫婦の絆、社会のありようなど、ご覧になった会員の皆さんがそれぞれの人生に即して見ていただけたと思うんですが、おそらくそれぞれの捉え方があったと思います。むしろ、そうした感想などをお聞かせいただきたいですね。
鳴門
わかりました。感想に期待しましょう。ところで、台本を読むと原作よりも夫婦愛が強くでているようですが?
圭史
活字文化と演劇文化の違いからくる濃度の差異はあるでしょう。おそらくその範囲内とは思うんですが……。『あなまどい』の原作は非常にすばらしいですが、舞台は単に文字を追っていくのではなく、血の通った生身の人間が演じる芸術といった特異性がありますから、原作の世界・テーマに即して、それをどう効果的――演劇的――に生かしていくか、その結果として夫婦愛の印象が強くなったのかもしれませんね。
演出的な切り口もあるが、それを演じる俳優たちの表現の術も大変強く求められた作品です。特にこの芝居では、せりふ術と共に日常的な写実性・真実性というところのリアリティーがとても重要です。これは観ていただいてのお楽しみですが、原作、脚本、そして舞台と、それぞれにおいて原作のもつ空気、そして主題を深め、より膨らませることに成功した作品と、いささか自負しております。
鳴門
圭史さんの好きな場面、セリフはどこでしょうか。
圭史
それは随所にあります。これは脚本家、金子義広の本格的な戯曲の初作品ですが、非常にすばらしいデビュー作となりました。その上で、稽古場では作家・演出家、俳優が侃々諤々の討議を経て創り上げていきましたので、初演の台本と今回の上演台本では変わっているところも多々あります。これが演劇の面白いところですね。古典の名作の場合はそうは行かず、定着した内容になりますからね。この作品は常に進化しています!
私の好きな場面はたくさんありすぎて困っていますので、会員さんの想像にお任せします(笑)。
鳴門
関蔵が話す言葉がとてもきれいですよね。心に染み渡るようです。セリフが洗練されているような気がしますが、言葉を生かすために特別な工夫などはされているのでしょうか?
圭史
そうですか。そのこと自体はそんなに意識して演じてはいなかったですね。せりふに集約されているはずの作意を読みとり、深め、表現を探る作業、時にはせりふそのものの整合性に思いを馳せる……。そうした作業に追われていましたから。脚本を読まれた段階でセリフが洗練されていると感じていただいたのなら、それは脚色者の功績でしょう。
鳴門
今までに平知盛、伊奈半左衛門、鑑真(がんじん)、親鸞、徳川慶喜など、実在の人物を描いた作品に多く出演されていますが、今回のようなフィクションとでは役作りの方法に違いがあるのでしょうか。
圭史
基本的にはないですね。実在の人物であろうがなかろうが、そのドラマのなかで何が求められており、何を引っ張り出すか、という点においては戯曲がすべてなので同じです。しかし、実在の人物の場合それぞれのイメージがあるのでより神経を巡らすことは確かですね。ただ前進座の場合、創造上の基本的な大きな柱として歌舞伎がある。
歌舞伎は非常にジャンルが豊かなんですが、大きな括りとして、“時代狂言の世界”と、“世話狂言の世界”に分けられます。時代狂言は様式性に富んだ華やかな世界で、隈取りがあったり、派手に見得をきったり、せりふも大きな抑揚(よくよう)で歌い上げたりと、まあ、歌舞伎というとこうしたイメージをお持ちの方が結構おられますよね、全然観たこともない人を含めて(笑)。何故このような世界が成立したかと言えば、江戸時代は武家階級を描くことはご法度、迫害されたので、時代を遡って設定し、幕府の法の目を逃れた。したたかです。しかし、これは結果的に様式性をさらに築き上げていくことにつながるんです。その典型的なものが「仮名手本忠臣蔵」です。設定はあえて鎌倉時代にしているが、内容は誰が見ても「松の廊下」のこととわかりますよね。
一方歌舞伎には、もうひとつのリアルな世界――私どもの用語では写実――なジャンルがあり、これを“世話狂言の世界”といいます。主に町人を描いた世界で、当時――江戸時代――の現代劇であった訳です。実は舞台上でのリアリズムは、いわゆるナチュラリズム(自然主義)とは違うと思うんです。その真実感を基本にさらに深め、かつ最大限効果的に拡大表現していく。私の尊敬する木下順二先生のお言葉を借りるなら、“デクラメイション”ということでしょうか。この点で歌舞伎の演技術は、歴史劇等をやる場合でも実に役立っています。呼吸法など特にね。当然「あなまどい」にもそれは反映されているんですよ。でも限りなくリアルでなくてはいけません。
例えば、前進座の財産演目のひとつである「魚屋宗五郎」は、酒乱の男が禁酒を誓っているんですが、ある事情で飲まざるを得なくなり、徐々に酔っ払っていく様を延々と演じる。なのにお客さまは、この酔っ払うプロセスを圧倒的に喜んでくださるんですね。世界広しと言えど、醜態を1時間以上も演じている作品はないですよね。拡大表現を伴ったまさに、写実の極地です。
鳴門
圭史さんご本人のことなんですが、「平家物語」の朗読を7年かけてお出しになられましたよね。新潮社CDシリーズ「平家物語・百二十句本」、これはすごい事と思うのですが、一方ならぬご苦労があったのではないでしょうか?
圭史
CDは「平家物語」のほかにもいくつか出していますが、この秋には、山本周五郎の「赤ひげ」(新潮社CDシリーズ「全4巻12枚」)も出るんですよ。
朗読については、すでに「滝口入道」、「我輩は猫である」、「おはん」、「青べか物語」、「若菜集」、「五重の塔」など数多くの作品をNHKラジオでやっています。「平家物語」のCDのお話をいただいた時は、ただでさえ舞台、その稽古、劇団業務と忙しいのに、とてもそれどころではないとずいぶん躊躇したんですが、「発売予定日は決めず、体の空いたときに録音することにしましょう。仕上がった段階で出します。」とのことでしたのでお受けした次第です。それと「圭史さんでなければ出来ない」と言われたのに乗ってしまったのが大きな間違いでしたね(笑)。おかげで7年間はほとんど休みを返上しました。なにせCD28枚でしたから。それに、一晩の録音作業に入いるとしても、その準備に5、6倍の時間がかかりますからね。それまでにも、2度ほど平家物語を読んではいましたが、その時は何の気なしに読んでいるものなんですね。しっかり読み出すと「あれ、ここのところは何を言っているの?」といったことが随所に出てくるんです。ですから毎晩徹夜ですよ。
朗読することによっていろんな発見がありました。「平家物語」は国民的文学ですからもっともっと若い世代の人、特に女性に読んでもらいたいですね。書店に行くと圧倒的に「源氏物語」が多く、「平家物語」は探すのが大変な状態なんです。カルチャーセンターでもまたしかり。なんで、あんなくだらない男のために翻弄された女性の話を世のおば様方はありがたがるのか、ねえ(笑)。まあ冗談はともかく、驚いたことに、物語の中で「往生の素懐を遂げる」といった言葉でくくられているのはすべて女性で、男性は全くいない。また清盛の横暴に対して最初に反抗の狼煙を挙げたのは、一般的には俊寛のクーデターといわれていますが、実は祇王の章段に出てくる「仏」という女性なんです。本物の刃を衝き付けた訳ではないが、清盛に反旗を翻した女性の話であると同時に、女性同士の連帯を高らかに歌いあげた、女性にとっても大変すばらしい章段になっているんですよ。
鳴門
ひとりでたくさんの登場人物を演じるのは大変だったのではないでしょうか?
圭史
そうですね。「平家物語」の大変さは、老若男女、貴賎群集(ぐんじゅ)、何百人いるのか見当もつきませんが、それをいかに演じ分けるかでしょうね。全部同じ声でやったのでは聞いていてわからなくなりますからね。しかし、だからといって作りすぎて声色(こわいろ)みたいになってはいけないんです。朗読は朗読としての品格が必要でやりすぎては駄目。では、どのようにして音声化するのかというと、ここに歌舞伎の技法が生かされてくるんです。老婆には老婆の役柄があり、武将には武将の役柄があるように、自分の地声の幅を最大限に生かした上で、その気持ちになって語るなら、雰囲気とかいった微妙なものも自ずとにじみ出て自然と聞き手へ伝わるんですよ。
鳴門
最後に会員に対するメッセージをお願いします。
圭史
前進座の芝居が毎年1本入ると、年間の企画の並び、リズムが非常に良くなると思います、まあ唯我独尊です(笑)。前進座は、お蔭様で来年創立80周年を迎えますが、提案したい作品のストックもたくさんあります。
私は常に、会員を増やすことの責任の大半は我々劇団・創造者の側にあると考えています。初めて会員になられた方達が、今後お芝居を見続けてくださるかどうかはいつに、その例会が面白かったかどうか、あるいは感動をもって受け止めていただけたかどうかにかかっている。絶対に、会員さんの芝居に触れる楽しみを裏切ってはならないのです。ですから「あなまどい」を観た方々がこれからも会員として見続けて下さり、次の例会では極力退会者を出さぬよう、魂に触れて日々の舞台を創ろうと、出演者・スタッフ皆で誓い合っています。
鳴門市民劇場の皆さん、また舞台でお会いしましょう。
嵐圭史さんとインタビューア

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nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
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