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「新・裸の大将放浪記」ロビー交流会
2010年11月26日(金)
島田順司さん 西崎みどりさん 芦屋小雁さん おりも政夫さん 米倉斉加年さん
- 司会
- 終演間もないお疲れの中、役者の皆様にお時間を作ってくださいました。ありがとうございます。まずは先に来ていただいた米倉さんにお話を伺いたいと思います。
- 米倉(敬称略以下同)
- 今日はとても広い小屋(ホール)でこんな喜劇をやることになりました。僕らはどんなところでも平気なんですけど、皆様は、観にくいところがあったのではないでしょうか。受け入れていただいていれば嬉しいですが(拍手)。
小屋が違うと芝居は違ってみれるのではないかと思い、気がかりなんですが、皆様に届いたようでよかった。
僕は鳴門は久しぶりです。宇野重吉先生の宇野一座で来て以来でしょうか。
初めての四国が、宇野先生の演出による大橋喜一さんの芝居でした。30歳で17歳の役でね。
その作品で四国一周しましたよ。徳島出身の新田昌玄と仲良くなりまして、以来、毎年スダチを送ってくれるんですね。それがこの数年送ってきません。亡くなりまして...。それを、思い出しますね。
この「裸の大将放浪記」は30年前に(芦屋)雁之助さんがやりました。宇野先生が演出で、僕は馬宮先生の役でした。全国を回りましたよ。
宇野先生最後の一座で四国を周って...。
今は、あと何年?と思う心境で、今日は心からお礼を言いたいと思います。
芝居じゃなくて、お遍路のように四国を周っている気がしますね。嬉しいです。
何か質問ってありませんか?
この芝居は、今珍しくないかもしれませんが、初めての試みで始めたもので。
新劇というのは幕末から明治になって、小山内薫先生やなんかによるもので、ヨーロッパから入ってきたもんなんですね。新しい欧米の動きです。
日本はその後戦争で弾圧される時代になります。宇野先生や滝沢修先生なども弾圧を受けました。暗い谷間の時代で、それを越えてきたんですね。
戦後になり、そういう芝居と上方の喜劇が結びついて..(今回のような芝居ができました)。
芦屋さん兄弟は素晴らしいですよ。
そうそう、小雁さんは丁度昨日、大阪市の文化功労賞を受けられまして(場内拍手)。
上方の芸の深さを見抜いた宇野先生の眼力ってのも素晴らしいです。
みんなのための芝居を作ろうとされました。
新・市民劇です。「赤ひげ」などもそうですが、これ(「裸の大将放浪記」)は一番だと言って、僕が呼ばれて、雁之助さんを呼んで来いと言われて...。
とにかく“素材”がいいと言うんです。山下清という人の目を通して、戦争の世の中、ファシズムを批判している。清という人は、本当にあのとおりなんです。
小雁さんは今日「兄とは比べようがない」とおっしゃってましたが、そもそも比べるものではない。
小雁さんはお兄さんの真似はできないけど、逆に言えば、お兄さんも小雁さんの真似はできるはずがなく、小雁さんの山下清でいいんです。
今の人は山下清さんを知らないかもしれないですね。でもそれでもいい、弱者の象徴としてみてくれたらいい。山下清の目を借りながら世の中を見る小雁さんの演技をみてほしい。
こんにち、そういうのは大事ではないでしょうか。
うちの近くにも養護施設がたくさんありますが、あの子たちは人をだましたりはできないですよ!
頭はいいけども他人のカネをとってきて、他人をだまして...そういう人間が優れていると言えますか!?
- 司会
- 皆さん、今、あと4人の役者さんが来てくださいました。拍手でお迎えください。
- 小雁
- 今日は楽しくやらせていただきました。
僕は喜劇専門ですけど、こういうコラボレーションで新しいものができるというので、やりました。
よかったですか?(大拍手)
- おりも
- 何十年かぶりで鳴門に来ました。今日は温かい声援をありがとうございました。
- 西崎
- 今日、露子役の西崎みどりです。30年前は「まつこちゃん」役だったんですけど...。
今日はありがとうございました。
- 島田
- (役どころが、最後、山下清の名声を利用して選挙に出馬する人物だったため)皆さん、選挙のとき、人を選ぶときはよくよく考えるようにしてくださいね〜(爆笑)
- 小雁
- 僕は今年77歳になりました(会場、どよめき)。
兄の雁之助は6年前に亡くなって、世間では随分年が違うと思われていますが、2歳違いなんです。
兄の後ろについて、60年間舞台をやりました。芸能界に入ったのも兄のあとについて、今までやってこれたのもそのおかげです。
昨日、大阪市から文化功労賞をいただきまして(大拍手)。
何か、質問、ありませんか?
- 会員
- 小雁さんのお年を聞いてびっくりしました!お若いですねえ。なにか秘訣はあるのでしょうか。
- 小雁
- いやあ、ナンでしょう。結婚は3回もしました。秘訣は若い女性のエキスでしょうか(爆笑)。
それは冗談として、やっぱり気持ちですね。夢は追うもので、捕まえるものではないと思って生きています。追って追って追って....ですかね。
- 会員
- 作品の感想ですが、何十年かぶりで、腹を抱えて笑って泣いて、本当によかったです。
- 会員
- おりもさんはいつからこの作品に?
- おりも
- 「新・裸の大将放浪記」になってからです。雁之助さんのときもやっていました。
- 会員
- 雁平さんはどうなりましたか?
- 小雁
- 雁平さんはやめました〜。お嫁さんが若くて、お金もたまってね(爆笑)。
- 会員
- 台詞をぺらぺらと、すごいなあと思いました。
- 小雁
- ほんとの清さんはもっと柔和でゆったりした人だったらしいんですけどね。芝居の時間が短いので、スピードアップしてしゃべらなくてはならなくて...。
でも、山下清さんという人がこんな人、と少しでもわかってもらえたらと。
そういうつもりでやれと、「演出の先生」(米倉さんの方を見て)は、いつもきつーく叱ってくれました(笑)。
島田さんはテレビでは偉そうにしてますけどね(笑)。
それぞれ、舞台上では役があって、考えてやってます。
いえるのは、役者はストレスを感じないということ。普通の人はストレス、感じるでしょ?
でも、役の上だと、意地悪でも元気にやれるもので(笑)。
芝居って、何でもそうですけど、いいものを観て欲しいなと思っています。
人生を考えて、色々考えてという、そういうのもいいですし、間で、今回みたいな面白いものも観て、全体のバランスでね。
お笑いブームだけど、もっと何か新しいものもやりたいと思っています。
今...「一休さん」やりたいんです(拍手)。
一休さんの子供時代から、庶民の味方になって死ぬまで...をね。
「演出家」にも言っているので、実現したら、また是非観て下さい!(拍手)
- 司会
- 楽しい話は尽きませんがそろそろ時間もまいりました。今日はどうもありがとうございました。
E-mailでのお問い合わせは 鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。