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中谷源さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問46

  青年劇場公演「族譜」鳴門例会(2011年5月26日)で“憲兵伍長”役をされる中谷源さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

中谷源二さん
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
青年劇場さんは今回で5回目の来鳴ですね。
中谷源(敬称略以下中谷と略)
私はその第一回の『翼をください』で来ているんです。今回と同じジェームス三木さんの作・演出で、学校間格差の問題を取り上げた作品でした。青年劇場を代表する作品となり1,050回公演されています。実は、私はただ一人1,050回全てに県立高校の生徒役で出演していまして、僕にとっても思い入れの深い作品なんです。
鳴門
そうですか、あの作品ではわれわれも非常に感銘を受けました。ところで、中谷さんは、徳島のご出身なんですよね。
中谷
ええ。しかも、高校生の時は、徳島の市民劇場の会員だったんです。加茂名中学・城南高校とブラスバンド部でした。演劇を観るのは好きだったのですが、自分がこういう職業を選ぶとは思いませんでしたね。
鳴門
どんなきっかけで、この世界に?
中谷
父親が4歳の時に交通事故で亡くなりまして、母が女手ひとつで、僕と弟を育ててくれたんです。そんな環境もあってか、自分で言うのも何なんですが、いい子だったんです。小さいころから、もの分かりも良くて、学校の成績も大した努力もせずにそこそこ出来た方でして…。高校受験の際には、先生に言われるまま当時進学校だった城南高校に進み、将来は弁護士になろうと上京をしたんですね。何気なく、大学生活を1年2年と過ごし20歳の時に、今までレールの上を走ってきた自分は果してこのまま走り続けていいのだろうか……と、ふと考えてしまったんですね。それで、1年間だけ大学を離れて違うことをしてみようと思い、演劇をやっていた友人にすすめられて、前進座の養成所を受けたんです。
鳴門
青年劇場ではなく?
鳴門
青年劇場にも養成所はあったのですが、夜の授業だったんですね。僕としては、昼間に集中してできるところを希望していたので、その条件を満たしていたのが、前進座だったんです。1年間、みっちり演劇の勉強はしたのですが、僕はそもそも俳優になりたくて養成所に入った訳ではなくて、言わば自分探しのために続けていました。そうこうしている内に1年後の卒業公演をひかえた頃に、講師をされていた明治大学の菅井幸雄(演劇評論家)先生に、「本当に君達はプロになりたいのか!」って言われたんですよ。また、卒業の時には、ちょうど次回の『さんしょう大夫 』の演出されている香川良成さんに青年劇場を薦めてもらう機会があり、真剣に自分の人生をじっくり考え直し、芝居の世界に入ることになりました。余談ですが、その後、ありがたいことに声をかけていただき前進座のお芝居に客演したこともあります。前進座に入らなかったのに(笑)。その時、次回あんじゅ役で来られる小林祥子さんも一緒の舞台に立っていました。僕の同期で、前進座に残っているのが松浦豊和さん、松浦さんの奥さんが今度いらっしゃる妻倉和子さんなんですよ。話がそれちゃいましたが、青年劇場に入ってすぐ、僕は地方公演に参加することになりました。あの頃は学校公演も多く、そこで芝居を観た中学生が、僕に言う訳です。『今日の芝居をみて人生が変わりました! 』って。そんなことを突然、しかも新人の私に言われても困りますよね(笑)。そして、怖くなったんです。僕は知らず知らずのうちに、人の生き方に大きな影響を与えるような、大変な仕事を選んでしまったのだと。でも、それと同時にやり甲斐のある仕事だとも感じていました。大学を辞めてこの世界に入った事を後悔はしていないですね。
鳴門
そんな、大きな影響力のある演劇ですが、今回の作品は特に、私達にとっては考えさせられるテーマを持った作品ですよね。
中谷
タイトルからして重たいですし、戦争の責任問題を取り扱っているので、なかなかとっつきにくいイメージを抱かれたかも知れませんが、そこをジェームス三木さんは、みんなが共感できる形に書きあげていらっしゃるんですよね。日本人が過去に朝鮮で何をやってきたのか、知らない事が多いと思うんです。「臭いものに蓋をする」と言う言葉があるように「時代が変わったんやし、なにそんなもんにこだわっとん。どうでもええでぇ」っていうのが日本人にありがちでしょうが、それではいけないんですよね。朝鮮半島には今でも日本語を話せる人がたくさんいる訳ですよ。逆に日本には朝鮮語を話せる人がどれだけいますかということなんですよね。それだけ、日本は朝鮮に対して大きなことをしてきた訳です。『族譜』をご覧になった感想にこんな言葉がありました。「全てを知ることは到底出来ませんが、このお芝居を見たことによって、知らない事もあったんだということが分かった」と。僕は、この芝居をみていただいて、日本人がおざなりにしてきたことを、知ってもらって、そのことが少しでも考えるきっかけになればいいなと思っています。また、善意の日本人として『谷六郎』が登場しますが、彼を通して国と国との問題以外に、人と人との気持ちのすれ違いや、善意の怖さも感じていただけると思います。善良な日本人『谷六郎』という人物は私たちと重なってきますよね。
鳴門
在日韓国人のかたも、このお芝居を観る機会があるかと思うのですが、彼らの反応などはどんなものだったのでしょうか?
中谷
演劇鑑賞会で全国を回る前に、実行員会形式で上演したんですね。そこでは、たくさんの在日の方も協力してくださって、私達がこのようなお芝居をすることを とても喜んでくださいました。ご覧になられると分かると思うのですが、かなりリアルに描かれていますよね。在日の若い方もより深く時代が理解できたと言ってくれています。『族譜』はプレイガイドで簡単に売れるようなお芝居ではないのですが、ある意味で市民劇場でしか観られない作品だと思います。見続ける皆さん方がいて下さるからこそ上演出来たと感謝しています。
鳴門
ノルティギ(板のり)・珍島・アリラン・トラジと、歌に踊り、音楽、衣装など韓国文化が満載の舞台らしいですね。みなさん稽古ではご苦労されたんじゃないでしょうか?
中谷
在日の舞踊の先生に振り付けをお願いしています。とても厳しい方で、ひとつの課題をクリアすると、また次の課題が用意されているという感じでしたね。舞台転換で3人の孫達が織り成す歌や踊り、ノルティギはこの舞台を明るくしていると思います。そして、孫達はとても重要な役割も果たしています。彼女達は、日本人としての教育を受け続けるうちに、日本式の敬礼をしたり、戦争ごっこをしてみたり、最期には日本名に名前を変えないおじいちゃんを責めるんですね。残酷だし教育の持つ影響力の怖さを感じますね。
鳴門
話は変わるのですが、秘密の県民ショーで徳島の部長役を演じられましたよね。楽しく観させていただきました。ご出演された時のエピソードなどお教えください。
中谷
12月に『族譜』で九州を回っている時に声がかかりまして、オーディションがあるから受けるようにと言われたんです。その時僕は年末まで九州にいましたから、むつかしいかなと返事をしていたのですが、徳島出身の俳優さんが少ないからでしょうか、正月が明けた頃にまた声をかけていただいて、出演することになったんです。僕が出演したのはたまたまなんですけど、やらせていただいて良かったと思っています。金ちゃんラーメンを作っている「徳島製粉」の場面では、テレビには映っていませんが、工場の中までも案内していただけまして…、本当におもしろくていい社長さんでした。僕の奥さん役の方も徳島出身なんですよ。僕の実家はもう徳島にはないのですが、僕の奥さん役の姪御さんが撮影を観にきていて「京一郎さんかっこいい!」なんて声が聞こえたりして賑やかな現場でしたね。ロケは時間との勝負のところがありまして、LEDがライトアップされている橋の場面では、「あ!今撮らなきゃ!!」みたいに、分刻みで進んでゆくんですね。どちらかと言うと、演劇はじっくり作っていくものなので、こんな経験も楽しかったですね。撮影は3日間程でしたけれど、ロケで久しぶりに徳島に帰ることができて、よかったですね。また、僕がテレビに出たことによって、市民劇場に入会された会員さんもいると聞きまして、どこか気恥ずかしいところもあるのですが、とても嬉しく思っています。
鳴門
徳島ご出身の方がご活躍されるのは、私達にとっても自慢なので、どんどんご活躍の場を広げていってほしいです。ご趣味についてですが、プロフィールに「階段の駆け上がり・パフェ作り・郵便局めぐり」とありますが、詳しくお聞かせください。
中谷
ゆうちょ銀行になってつまらなくなっちゃいましたね。そんなことは、言っちゃいけないのでしょうが(笑)。ご存知かもしれませんが、郵便局には局ごとに決められた番号があるんです。最初の2桁は県を表わしているんですね。各地の郵便局に行ってその局名印を通帳に押してもらうのですが、観光地ではおもしろい局名や局印があるんですよ。そうすると、後から振り返って、あの時はあそこに居たんだなと、次々にいろんな事を思い出すことが出来るんですよね。それに郵便局を訪れると、その町の香りがする気がするんですよね。主に近所の人達が利用されていますし、チラシなんかも地元に密着しているものが置いてあったりしますからね。
鳴門
なるほど、分かる気がします。階段の駆け上がりは……?
中谷
階段は神社の階段とかじゃなくて、ホールの階段なんです。ホールによっては幅が違ったり、段差が不規則なところもあったりするので、そこを如何に早く駆けあがれるかを考えながら駆け上がると、身体の体操に加えて頭の体操にもなりますからね(笑)。
鳴門
最後に、私たちのような演劇鑑賞会の活動について、考えられていることがあればお聞かせください。また、鳴門市民劇場の会員に一言メッセージをお願いいたします。
中谷
私も会員だったので分かるのですが、市民劇場でお芝居をみる事は、いろいろな方面への目が開かれる機会を与えられていることだと思うんです。今、僕はみる側から舞台を作る側になっていますが、各地の市民劇場の存在はとても大きいです。観たいお芝居だけをみるのなら、何も市民劇場に入らず、プレイガイドでチケットを買えばいい訳ですよ。でも、それだけじゃ好きなお芝居しかみないので、新たな発見って少ないと思うんですね。期待していなかった芝居が、観て良かったと思えたりするのは、市民劇場でいろいろなお芝居を見続けているからこそですよね。また、こんな時代だからこそ、人とのつながりを大切にしている組織を活性化していってほしいです。私達もこれから先もずっと会員の皆さんと一緒になって前進し、良い作品を作ってまた戻ってきたいと思っていますので今後ともよろしくお願いいたします。
中谷源さんとインタビューア

E-mailでのお問い合わせは              鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
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