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「東京原子核クラブ」

俳優座劇場プロデュース

鳴門市民劇場2012年7月6日例会 感想集

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鳴門例会カーテンコール

今回は前への移動も許されたので、右端ではあったが前の方で見られた。しかし、それだけ見ている人が少ないということなので喜んでばかりはいられない。カーテンコールで俳優さんたちの口から会員減少の心配をしているとの弁があったのも印象的だった。
  さて演劇のことだがまず舞台装置が圧巻だった。また科学者を主人公にした劇を見るのは初めてだった。そして日本も原子爆弾を作ろうとしていたことも初めて知った。
  「平和館」というネーミングも実に意味深である。

とても良かったです。

何度も笑い、涙する、楽しい舞台だった。
  そんな喜劇の中で、原子物理学者としての真摯な探究心とその成果としての原子爆弾の非人道性の間で苦悩する物理学者の姿を描いた手法に感心するとともに強い共感を覚えた。被爆国日本が、もし当時財力があれば核保有国になっていたかもしれないと思うと感慨深いものがある。             

今回の演劇は前半が結構庶民的でおもしろかった。
  そして後半で結構過激な言葉が飛び出しひやひやさせられた。科学者の一番でありたいという探究心とその成果の悪用(ノーベルのダイナマイト)との葛藤が描かれており、今までのものとは少し異なるように思われた。

私達、親子には大変重い内容でした。
  日本が原子爆弾を生み出した国となっていたら、歴史も大きく違ってしまい、日本も恐ろしい国になっていたかも知れません。息子とそんな話をして帰りました。
  女性陣がスパイシーでしたね。

事前に読んだ原作と、演出とは大部様相が異なっていました。

(1)芝居は最後まで見なければ分からないものだ。今回は東京の下宿屋に集う若者たちの青春群像だと聞いていたが。正直なところ1幕目はピンと来なかった。
(2)2幕目からやっと話の筋が見えてきた。やはり戦争と原爆であった。但し被害者からの目線でなく、当時最先端であった原子核研究の世界的競争の真只中にあった若い研究者達の憧れ、奮闘、苦悩の物語であった。
(3)「発明とは地道な研究の積上げの上に、ある瞬間、突然の閃きによって道が拓けてくるものなのだ」という、科学の未来への確認の一方で「私たちがこの怪物のような核兵器開発に手を貸そうとしたことに対し、あやまらなければならない」との友田の言葉が印象的であった。
(4)少壮物理学研究者達、国を支えようとする青年将校、野球に熱中する橋田・林田、音楽、ダンサー、新劇に自分の全てを懸ける若者達そんな多様な住人達の「平和館」での日常生活が青春群像そのものであった。戦争という大不幸の下、終わってみれば何も残らなかったが、最後にお互い寄りあう心の奥の深い繋がりがうれしく感じられた。
(5)丁度今「ヒッグス粒子発見」のニュースが世界中に流れているが、科学の発展が将来の人類の無限の未来を開くものと信じたい。

下宿先での人と人とのふれあいを通じて友田さん自身の成長していく姿、日本が戦争に向かって歩んでいる劇であったが、何を訴えようとしているかが私にはあまり理解出来なかった。市民劇場は私には少し高度すぎて自分の知識のなさを痛感しています。すべての主人公、題目をあまりにも知らなすぎた。今後劇を見る前には主人公となる人の本なりを読んで勉強してから観劇すればもっと楽しく劇を鑑賞出来るのではないかと思いました。

戦時の下町人間模様、バラエティ、なかなか面白かったです。
  大音響と時間軸のズレの部分はよろしくないです。

暗い時代に関わらず、個性豊かな人々がいきいきと生活していた本郷界隈の様子が舞台から感じることができました。役者の皆様ありがとう!私の青春時代のこともダブって懐かしく思い出せました。

時代と言う背景の中で高名な物理学者の青春の日々、若さの素晴らしさが表現された作品を楽しませて頂きました。

物理学者の技術競争、原子爆弾、忍び寄る戦争・・・そんなテーマを盛り込んだこの劇ですが、話自体はコメディタッチであり、 仕事も主義主張も違う人たちが集う下宿の日常と、それによって生まれた絆を描き出すものであり、思わず吹き出したりもしながらリラックスして見ることができました。 市民劇場に入ってから、コメディを交えながら話が進行する劇をいくつか見せていただきましたが、今回の劇はその進行に少し特徴があったように思います。それは、「間を想像させる劇」だということです。
  この劇は、一幕一幕は登場人物も多く、セリフも動作も多い、情報量がみっちりつまったものなのですが、物語としては物理学者・友田が理化学研究所に入所した直後から戦後2年経った後までの長いスパンの中から、何気ない日常の1シーンを切り取ったものに過ぎません。
  幕の間では、友田さんが認められ出世したり、後輩ができたり、富佐子さんがいつの間にか戻ってきてインチキ商売を始めたりしていますが、その多くはあえて説明されません。
  私達観客は、平和館の窓から覗きみるように、その一瞬を見ることしかできないのです。
  また、その幕自体もいつも唐突なシーンから始まるので、観客は一体何が起こってこんな事態になってしまっているのか(何故野球青年はトイレにこもり、平和館はお通夜ムードに包まれているのか!?)を想像しながら見るわけですが、ヒントの出し方や盛り上げ方、種あかしのタイミングが巧みで、ストレスはまるで感じませんでした。 あるときは平和館の住人と同じように混乱し、またあるときは彼らの話の食い違いをニヤニヤしながら見守る、そんな風にして前半の日常パートは過ぎていきます。 劇の雰囲気が変わったのは後半からでしょう。前半を見ながら、原子爆弾競争や戦争の音が近づき、平和館の日常が崩れていく予感を感じていた観客の前に、幕間に何があったのか、戦争が平和館と理化学研究所の職員に何をもたらしたのかが順に説明されていく。 そして戦闘機の耳をつんざく音が頭上を過ぎたところで・・・再び、2年が過ぎた場面に移る。
  戦争で変わってしまった平和館、帰ってこない橋場君、ピアノを弾かなくなってしまった早坂さん。
  そして元の明るさを取り戻したように見える友田さんは、原子爆弾のニュースに心躍らずにいられなかったという、物理学者としてのエゴを吐き出します。 それでも、彼が橋場君の死を悼み、早坂さんにピアノを頼んだ気持ちは本物に他なりません。
  橋場君が野球をするために身分を詐称したことは悪でも、彼の野球への情熱は仲間に届くほど本物であったように、人とはもともと複雑な面を持った生き物なのですから。 そして劇は、いつまでも「変わらない人」富佐子さんの帰還で幕を閉じます。平和館の人が、様々なことを経験しながらも変わらぬ日常を過ごしていくことを象徴するように。

鳴門例会カーテンコール

人は、変わる。それを、他人(ひと)は成長と呼ぶのだろうし、知識を得て、志すところで業績をあげて成功を積み重ねていけば、変わっていくのが当然だし、周囲の環境から変わらざるを得ないところもあるだろうし、要するに、いつまでも無邪気じゃいられない。 一幕から二幕への友田の変貌ぶり、原爆投下のときの正直な気持ちを明かした友田と小森の台詞、「手にした知識はもう二度と無くすことのできない知識だよ」という友田の言葉。私は(ごくごく平凡だけども)理科系の世界で生きているからか、この非凡たる最高レベルの研究者の人生や胸の内が想像でき、わかる気がしました。傍目には人の道をはずした変わり方だったかもしれないけど、研究者としては努力しての成果、成功。進むべくして進んだ道であり変化だったといえます。ただもちろん「わかる」というのは肯定するということではなくそういった人たちの“苦悩”としてわかるということ。すべての研究は当然、人類のため地球のため平和のためにあるべきで、間違いなくそういう目的をもって行われているわけだけども、どんなことも、極めると“倫理的”な禁断の扉に触れそうになる。原子力の研究に限らず、現在の医学等のサイエンスすべてで言えることではないかと思い、単に原爆の問題にとどまらず、深く重い意味を心に残してくれました。 だけど、この作品の素晴らしいところは、そこで終わらないところで、結局、こんな友田もそんな言葉を口にしたあと、心は「平和館」に戻ります。戻ることができます。焼け残った平和館の一部屋に、生き残った男たちが安酒を持ちこんで、タイムスリップしたかのように歌い出すラストに近いシーンは大好きなシーンのひとつです。バカバカしい歌声にも胸があつくなりました。
  人は変わる、でも、たとえ少し道を誤っても、こんな風に「心がかえってこれる場所」があれば、誰にでもあれば…。 本当にこんなシーンが朝永博士にあったかどうかはわかりませんが、生涯とおして頻繁に「平和館の時代」のお話をされていたということ、そして人生の後半は原爆反対運動に力を注がれたというエピソードをきくにつけ、博士の生き方に感銘するとともに作者マキノノゾミの視点の素晴らしさに感動します。
  たくさんの抽斗がある作品で、このほかにも大好きなシーンや台詞はいっぱい…。今回2度目ですが、また観てみたいと思える…数少ない作品の一つです。

個性豊かな平和館の住人たちのひたむきな姿に励まされた。 喜劇的な要素もあり楽しめたが無駄なエピソードを削り、友田さんを科学者としてもっと描いて欲しかった。
  決して左党ではないけれど、“理研ウイスキー”が今も気になっている。

今回の劇は、私の予想では「教条主義的な劇」で、そうだったらかなわないなと思っていました。前半は予想をいい方向に裏切る展開で安心していたのですが、後半はいけませんでした。原爆がいけないことくらいわかっています。
  ああいう内容の劇は日本人にではなく、アメリカ人にやってほしいですね。 もしかしたら私が観劇に間違ったことを期待しているのかも知れません。

ユーモアたっぷりに大変面白くストーリーは展開していくが、角度をかえてみると、原子力のすごい奥深い我々の生活とのかかわりに気づかされた。
  「原料を集めるのに、日本では50年かかるが、アメリカでは翌日に調達できる」そんな国と日本は戦争していたのだ。改めて納得するというより、感動させられた。福島原発事故を思うと、世界で唯一の被爆国日本なんだということを決して忘れてはならない。科学者たちは自分達の研究がそこにつながっていることを自覚していたのかもと思うと、心の中に大きな、重大な一石が投じられた舞台だった。
  にもかかわらず、三名も欠席は淋しい限り。見逃しのないように声かけを

最初の1時間を見逃してしまいました。
  後半だけでしたが、原爆に対する当時の日本の科学者の気持ち、考えを垣間見ることができたように思います。

今回ほど台本を読んでおけばよかったと後悔した事はない。事務局に台本は見あたらず。パンフレットだけであったので、作者・マキノノゾミ、演出・宮田慶子のこの作品にかける思いは分かったが、舞台上の役者さんのセリフのやりとりの中からの青春群像劇の面白味はあまり感じ取れなかったので感想は「ふつう」と「おもしろくない」の中間です。 でもパンフレットの最後のページ宮田親平(科学ジャーナリスト)の「科学と芸術の架け橋」の一文にはこの作品の真のみどころを表現されていて納得しました。

学者の集まりの中で理化学・物理学の研究会を中心とした物語が展開されるのではなく、下宿屋「平和館」での生活の有様が表現され、ダンサー・ピアノ弾き・新劇青年・野球に熱中する東大生などと共に楽しく美しき青春の日常生活が展開され戦争にひき込まれていく昭和初期のにおいが拡がり、その時代の刹那がうまく表現された劇で、観劇する立場から言うと原爆が多くの人命を奪ったことを後世に語り継ぐ偉大な作品ではないかと言える。

舞台は、下宿屋平和館からの始まりです・古き時代のアパートです。階段もしっかりした作りで昭和10年前後という感じです。住んでいる人達の中にノーベル賞受賞された朝永振一郎博士の若き時代の姿がありました。「理化学研究を勉強するかたわら落語を愛し、自然の野草を取って生け花を楽しむ趣味をもつ半面、気難しく間違いをやらない限界を心得ながらうまい考えを出すというタイプの人である」と良きライバルの湯川秀樹博士は語る。 時代とともに異論をかわし、悩みながら自由に生きた若者の生活の様子がいきいきと舞台に表れていました。
  この時代から70余年たった今、原子爆弾がつくられ沢山の命が奪われています。原子核とは・科学とは何か「人間を不幸にも、幸福にもしない第3の見方がある、不思議と思う科学の芽を大切に子供たちによって研究の勉強を引き継いでほしい」と朝永博士は言っています。若者の青春と戦争 私の生まれた昭和10年からの時代は戦争に向かって日本は歩んでいました。原子核クラブの研究を平和のために使ってほしいです。

「ボスの言うことは絶対で無茶な要求に負けずに徹夜で実験するとか愚痴を言いながら酒を飲むというシーンなどは自分が大学院生の頃を思い出しながら観ていました。
  「理系」人間にとっては共感できるシーンが多い劇でした。

前半は友田晋一郎と下宿屋「平和館」の住人との、笑いあり涙ありの青春グラフティ。 後半は一転して戦争、原爆投下、友人の死が描かれ、その中で友田自身も変貌していく。日本に潤沢な資金があれば原爆を作ることができたのかもしれないという恐ろしい事実も明らかになる。自分自身も分野は違うが研究者だったこともあり、世界に先駆けて新しいもの創りたいという友田の気持ちは理解できる。しかし、それは、他ならぬ原子爆弾。大震災、原発事故を経験した今、友田の言動に反感を持った人もいたことだろう。ただ、太平洋戦争の終盤、徴兵制を免除され、国家政策として原爆の開発に取り組んでいた研究者がいたという事実とひとつ間違えば原爆投下の加害者になっていたのかもしれないことを、原爆を投下された日本人こそ知っておくべきだと思った。 単なる青春群像劇にとどまらず、戦争、原爆、研究者の思い、様々なことを考えさせられた大変いい作品でした。

テーマが原子爆弾の開発という事で重い空気のお芝居かと思いましたが、前半はおもしろ、おかしく下宿人の人間模様を楽しめました。
  物理学者から見る原子爆弾投下はあんな風に感じたんだなと、我々とは違う視点だということを考えさせられました。

自然科学研究を生業とする人たちのなかで、ほんの一握りの者だけが見ることができる光がある。そういう選ばれた科学者によって見出された新しい知識は、もはや「無かった」ことにはできず、その知識が良くも悪くも多くの人々の暮らしを変えてきた。人類が手に入れた数え切れない知識のなかでも、原子物理学者が見出した「原子のエネルギーを取り出す方法」は、やはりパンドラの箱だったのではないだろうか。たとえその知識が多くの人たちに深刻な不幸をもたらすことを容易に想像できる場合においても、新たな知識に対する科学者の興味を抑えることはできない・・・広島の惨状を知った後の友田の心情がそれを雄弁に語っていた。そして、どのような恐ろしい知識であっても、勝つために手段を選ばない類の人間にとっては、もちろんこの上なく利用価値の高いものであった。研究費の支給、徴兵の回避・・・科学者に与えられた餌も多彩だった。おそらくこれからもそうだろう。
  そういう類の人たちが戦後富の争奪のために使った「原子力の平和利用」などという表現にも多くの人たちは易々と騙されてきた。彼らはこの未熟な知識を未熟なまま目先の富を追うために使い続け、スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマ・・・途方も無い時間と空間にわたって取り返しのつかない過ちを繰り返してきた。 科学者が未知の知識を求めて止まない以上、見出した知識がパンドラの箱なら自らそのフタを閉ざす勇気を持つ事が科学者に課された義務ではないか。自分がこの劇から一番学ぶべきことは何かと問うた答えは、御用学者などと呼ばれる科学者をメディアで目にする機会の多い今日、一笑に付されるだろうか。科学に関わる多くの人がこの劇を観て考えてほしい。

一幕はよかった、戦前の話だが、登場人物のそれぞれ個性がにじみ出てワクワク感があった。これからどう展開していくのかと期待していた。
  二幕はこの劇って物理ってこんなすばらしい学問なんだっていう、テーマでなかったのかなあと、ずっとつぶやきながら、観てたんですが伝わってこなかった。そう、富佐子さんの役割もよくわからなかった。う〜ん残念。

今回の「東京原子核クラブ」とタイトルを見ただけで、すでに何か暗そう…とか、おもしろくないかも?といった先入観が私の頭をよぎる。
  しかし実際に観て見ると一幕目はドタバタとけっこうおもしろかった。さすが二幕目はちょっと重たい内容も。でも今回思ったことはタイトルや自分の思いこみで判断せず、まあ!あたり前のことだが、とにかく観劇してみなければ何も分からないということを特に実感した。

下宿屋「平和館」に住む個性あふれる人たちの人間模様を絡ませながら、原子力や戦争、野球、音楽等に関わって時代を切り取っているところは、前例会の「樫の木坂四姉妹」の手法と共通するところがあって、興味深く且つ堅苦しくならずに観賞することができました。ただ上演時間が長かったので、最後のほうはちょっと疲れました。 今、原発のことが大きな問題となっていますが、私たち一人一人がしっかりとした判断力を身に付けていかなければならないのだと、改めて思いました。

鳴門例会カーテンコール
鳴門例会カーテンコール写真は劇団の許可を得て鳴門市民劇場Webページ作成委員が撮影しています。

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