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高畑淳子さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問68

  劇団青年座「をんな善哉」鳴門例会(2015年1月20日)で“笹本諒子”役をされる高畑淳子さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
作品のことについてどう考えているのでしょうか? 善哉というのは善き哉ともとれるのですが。 高畑淳子
高畑淳子(敬称略 以下高畑と略)
これは丁度震災のあった年(2011年)に上演した作品です。
鈴木聡さんという作家さんに、あてがきをお願いして出来た作品です。鈴木さんは博報堂に勤めながら、自分の劇団を持っていらっしゃる方です。
鈴木さんは、会った瞬間に私のいろんなところを見抜いたんでしょうね。
(私が演じる諒子は)一人の右往左往する女でもあり、また鈴木さん自身も入っていたりする、いろんな人がミックスした人物です。
50歳、60歳の女性や男性が変化する時期ってありますよね。これから先、何に重きをおくかということをお書きになったと思います。甘味処の女将として、「甘いものは人の心を優しくする」とか、「お芝居も人の心を優しくする」っていうことでしょう。
ご自分も博報堂をお辞めになりたいと思ったことがあると思います。もし止めたらどうなのか?みたいな。いろんなことを綯い交ぜ(ないまぜ)にして、人生善き哉っていう話にしたかったと思うんです。幸せを一杯感じられた人が、要は幸せなんじゃないかと、そこがこの劇の根幹じゃないかと思います。
鳴門
作品をみると、まさに高畑さんにぴったりだなと思ったんですが(笑)。
高畑
一回会っただけで全部見抜かれていますね(笑)。そんなに分かりやすいのかなあ、私って(笑)。
鳴門
演技しながらも自分を出せるっていう劇になってますね。
高畑
役を創ることはすごく面白いです。ですが、今回みたいに、あなたにあてて書きましたという役は、役を創り過ぎない事や、生身でいる事に兆戦するという難しさもありますね。
鳴門
自分で演じながら自分自身も面白がっているようなところはありますか。
高畑
そうですね。面白いとこもありますし、何かちょっと違うなあというところもあります。
たとえば、結婚式でスピーチが出来なくて、変なこと言っちゃたりする。そんなところが笑いになるように、まぶして書いてくださっているので、うまくすれ違える日もあれば、何か駄目だったなあという日もあります。
鈴木さんはすごい落語ファンなんですよ。だから落語の八っぁん、熊さんみたいな、そうい   う見立てもあって、生きるということは、こういうことなんだなあと思って頂ければと思います。
鳴門
お菓子が重要な役割を果たしていますね。春は桜餅・・・。
高畑
日本の四季(のお菓子)が出るんですね。春から始まって、梅雨、夏になって、秋そして年の瀬っていう。実際には舞台上で四季折々のお菓子は出てきませんけど、台詞で表現しています。
鳴門
あの出てくるお菓子は本当に食べているんですか?
高畑
食べています。善哉も(実際に)入っています。あんこの粒が歯にひっかかるんですね(笑)。
鳴門
ところで、ここ一番力が入るような場面とか、これはちょっとやりにくい場面とかありますか。 作品全体のバランスを考えてやってらっしゃると思いますが。
高畑
私がいつも難しいと思うのは、私の友達が恋人とお店に傘を借りにくる場面ですね。52歳で子供もなく、主人もなく結婚したこともない諒子が、友達も同じように独り者だと思ったら、恋人がいたという。そこで受ける気持ちがこの話を転がしていくという場面が難しいですね。  
鳴門
鳴門市民劇場はこのところずっと会員を増やしている。それが12例会続いているんです。
今回は16人増やしました。やっぱり高畑さんの知名度はすごいなあと思います。
高畑
16人はすごいんですか。
鳴門
そりゃすごいことです。
高畑
観たら面白いと思うんですよね。「をんな善哉」のような作品を年の始めに観たらいいと思います。時々分かりにくいものもあるでしょ。だから何を年の始めに観るかが重要ですね。 
人間って悲しいかな、絶対老いて死ぬわけじゃないですか。その事とどう折り合いを付けて  残りの半生を生きるのかということは誰しも考えることで、諒子さんは諒子さんなりに人生をどうするか、自分はどうするかって、悩みはあると思います。だから市民劇場としての劇に合っていると思うんですよ。日々の事って物の見方一つで楽しくなると思うんですよ。空が晴れてるだけでもいいなあと思いますもんね。
鳴門
劇を楽しみにしています。会場によってできばえは違うんですか?
高畑
違うんですよ。やっぱりお料理を載せるお重が違うんでしょうね。何が違うんでしょうかね。それがまたいいところでもあるんですよ。生ですから失敗もありますしね。TVを見て下さる人数に比べたらお芝居を観る人数なんて、ほんとうに何百万分の一だと思うんですけど、でも今日この日にわざわざここに来て下さって、今日この日に生きている人間が演じているのを観るっていうのは、すごくかけがえのない時間だと思うんですよね。
鳴門
昨年の講演会の時に聞いたんですが、四国のいろんなところに居られたんですね。
高畑
そうですよ。父が転勤族で、鹿島建設四国出張所にいたんで、鳴門にもおりました。鳴門のうずまきアパートっていうところにいたんですよ(笑)。丁度、父が一級建築士の試験勉強をしていた時で、私が泣くとうるさいからといって母がおんぶして、アパートの前をぐるぐる歩いていた(笑)。私は兄弟がいなかったので暇で暇で、道行く人に「お姉ちゃんどこ行くん?行くとこあってええなあ」って言ってたんですって。
鳴門
ところで、この道に入られたきっかけは何だったんですか。
高畑
高校で自分の進路を考える時に、自分でものを考えた事があったかと思ったんですよ。ちょっと真面目なところがあったので。受験が終わった後、演劇の大学に行きたいって言ったら、父は「お前が運よく受かった学校はとてもいい学校だぞ、頭を冷やせ、そして無難な道を進め」と言いました。それに対して母は「戦争中で上の学校へ行きたかったけど行けなくて、好きなことも自由に出来る時代じゃなかった。だから、この子はやると言ったらやる子だから、お父さんやらせてやろうよ」と言ってくれました。
鳴門
お母さんは偉いですね。
高畑
そう(笑)。だけど30歳を前にして、母が「売れない役者はさっさと帰ってこい」と言った時に、父は「そんなことは言うな、一度許したんだから」と言ってくれました。そこは逆転して母は、松山の煎餅屋のお見合い話をこっそり進めていたらしいです。私、煎餅屋の女将になっていたかもしれない(笑)。諒子さんみたいになっていたかも知れない(笑)。
鳴門
ところで趣味とかありますか?
高畑
ないんですよ。お芝居が趣味みたいなものですね。本当にこれを仕事にして良かったと思います。稽古場でグダグダとストレッチをやりながら、「あれ観て面白かったよ」とか、「あの女優さんすごかったよ」とか、そういうことを話しているのがすごく好きなのです。あとのことは全く興味がないんですよ(笑)。
鳴門
今はもう水泳はされていないのですか?
高畑
水泳も体のためにはやっていたんですけど・・・
芝居のことを考えているのが一番楽しいんです。時間があったら、お芝居を観に行ったり、映画を見に行ったりしています。
娘も息子もこの世界に入ったので、3人で芝居を観て、そのあと滅多に行かないような、ちょっとおいしいお店とかに行って。その瞬間が私の楽しい時ですね。子育てと芝居に追われた10年間だったので、友達もいなくなったこともあったんです。やっぱりそれだけ暇がなかったのでねえ。
鳴門
これから年いっても、年に合った仕事のような気がするのですが。
高畑
そうですね。台詞が覚えられればねえ。60歳過ぎて、70歳になっても80歳になっても、あの人は呼んだらそれなりの働きをするという、そういう女優でいたらいいなあと思います。
四国ブロックは20年前に、シェイクスピアの『女たちの十二夜』という作品で廻っています。丁度長男を産んだ直後でした。出産直後で筋力も衰えている時にやった芝居で、男役だったんですよ。再演は生瀬勝久さんと内野聖陽さんが参加しました。そうしたら途端に『女たちの十二夜』じゃなくなった。生瀬さんが一番男度が高く、内野君も男、男していた時期で。私は産後の状態で舞台をやっていたので声は涸れちゃうし。男声を出すじゃないですか、ずーっと声がつぶれて。
四国に演劇で来たのはその時以来です。あの時は本当に辛かった。その時のリベンジみたいな意味があります。
鳴門
われわれのような演劇鑑賞会に対して一言あれば、また鳴門市民劇場の会員に何かメッセージがあれば、お願いします。
高畑
是非是非、広く一般のお芝居もいっぱい観て下さい。外れもあります。でも外れた芝居があるからあたった時も面白い。お芝居をみたあと、お酒を飲みながら沢山の人と話して頂きたい。ただ観るんじゃなくて、いろんな人と話すと、人と自分は違う考え方をするんだということがわかります。これがひいては世界の平和だと思うんですよ。
    鳴門の平和にお芝居を!
鳴門
有難うございました。お体に気をつけて頑張って下さい。                               

E-mailでのお問い合わせは              鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
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