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相原智枝さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問75

  オペラシアターこんにゃく座公演「オペラ ネズミの涙」鳴門例会(2016年5月26日)で“コバルト(娼婦)”役をされる相原智枝さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

>相原智枝
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
まず作品についてお伺いします。この作品は「一風変わった」と書いてありますが、本当にミュージカルでなくて、オペラ仕立てになっていますね。
相原智枝(敬称略 以下相原と略)
オペラなんですね。
鳴門
なかなか良かったんですが、相原さんはどのように捉えていますか。
相原
歌うことと音楽を演奏することと芝居を同時に成立させること、どちらかが優先するのではありません。こんにゃく座は言葉も含めた中味がしっかり伝わるようにしています。
鳴門
ピアノの伴奏が実にいいですね。
相原
あれは単なる伴奏じゃないんですね。出演者の一人なんですよ。ピアニストも私たち役者と同じように衣装もつけてますし、鼻の頭も黒くしているし、芝居の中で生きた存在として登場してきているんです。芝居の息が分かる方でないと、難しいんですよ。私たちを助けてもくれるし、ピアニストさんの言葉ですけれども「客観的に見ようともしている」と…。
鳴門
舞台上いろいろなご苦労があったと思いますが、特に何かあれば話してもらえますか。
相原
サムルノリを役者が演じながら演奏するということがあって、とても奥の深い楽器なので、西洋のピアノ、サムルノリという4種類の打楽器が溶けあうまではなかなか大変でした。それと戦争がテーマですので、ネズミを主人公とすることでちょっと柔らかくなっているところがあると思います。もちろん創り物ものの世界ではありますが、戦争とか災害で一番辛い目を見るものは一番力のない者たちですね。
鳴門
ネットで何回も観たし、台本も読んだのですが、喜怒哀楽をはっきり表してくれるし、これはまさしく人間の話だというふうに、多くの人は感じると思いました。 ちょっと普通のものとは違う。ネズミっていうものでワンクッションおいて、非常に力強くて、その上にぎやかで笑いがある。うまくできているお芝居だと思います。
相原
つまり、どんなに辛い時でも、人は生き続けていくために楽しいことを捜していく。辛い時ほど楽しいことを求めているという意味は大きいですね。例えば、今戦火にあるところでも、日常のように過ごしている中で、突然爆撃があったりするじゃないですか。まさにそういうことだと思います。
鳴門
現実に起こっていることですね。毎回ニュースで流れている。時を選ばずいつも人間の周りにある。こういうテーマで海外公演をしたことがありますか。
相原
「ネズミの涙」ではまだ行っていないのですが、「オペラ ロはロボットのロ」という芝居で韓国をはじめインドネシア、タイ、インドにも行きましたし、やはり鄭さんの作品で、萩京子が作曲した作品です。他にもカフカの「変身」もオペラにして、ヨーロッパに行ってきました。
鳴門
大変評価されたと思うんですけど。
相原
そうですね。大変喜んで頂いて。
鳴門
「ネズミの涙」の舞台はどれくらいやっているんですか。
相原
2009年に出来て、今年が2016年ですから、丸7年やってます。ずーっとやり続けています。
鳴門
学校公演もあるんですか。
相原
中高生にも絶対観せたいと、初演が終わった時に思ったんですね。戦争を全く知らない世代の中高生に観せなきゃいけないという思いがすごくありました。
鳴門
音楽と芝居で非常にアピールできますね。
相原
それはちょっと強みですね。
鳴門
また今回の舞台は初演の時と比べて変わってきていますか。
相原
細かいところでどんどん変わってきています。初演のままということはありえません。でも、本当にスタッフさんたちがしっかりしているので、殺陣にしてもダンスにしても、それに舞台美術、セットでも全く無駄なものはなく実によく出来ているのです。
鳴門
俳優になったきっかけは何だったのでしょうか。
相原
私は小さい時から歌がずーっと好きで、でも自分が芝居をすることは余り考えていませんでした。色々な事情があって学校を途中で辞めて、普通のOLになり、そして寿退社して、子供が二人出来て、離婚して、またOLに戻ってね。そうこうしている時に、前のこんにゃく座の代表をしていた竹田恵子という歌役者が、うちのすぐ近くの個人スタジオでコンサートをやるという知らせがあって、見に行ったんです。私はこういう歌が歌いたかったんだなあ、すごく自然で片肘張ったところがなくて、立派な声を出さなきゃいけないということもなく、でもちゃんと伝わってきて、あーいいなあって思ったのがこんにゃく座との出会いなんです。一年くらいして、また舞台を観に行ったら、その時のパンフレットの中に研修生募集というのがあり、それがきっかけでこんにゃく座に入りました。
鳴門
すんなり入れましたか。
相原
すごく悩みましたよ。子供が二人いるし。でも二年研修生やって、あー研修所ではもうやることがないと思って、辞めて5,6年して子供たちがもうちょっと大きくなって、その間にお金貯めて、その時何か出来そうだったらやろうかなあという感じでいたんですね。丁度その時に代表に、「相原さんが大変なのは知っているけど、制作の仕事をやりながら舞台に立つというのはどうでしょう」とさそわれたんです。こんにゃく座はかっては、自分の立つ舞台は自分の郷里に戻ってオルグをしてくるという歴史があったんです(笑)。座員が全国各地から来ているから、役者がオルグすることがそんなに抵抗のあることじゃなかったですね。
鳴門
日常生活での趣味はおありですか。
相原
役者と制作、両方やっていると、こんにゃく座づけなんですよ。でもおいしい物を食べたりするのはすごく好きなので、また作るのも嫌いじゃないしね。
鳴門
座右の銘とかありますか。好きな言葉でもいいですが。
相原
「あきらめない」ですね。大好きなシチュエーションというのは、奇跡の大逆転(笑)。ドラマティックでしょ。大好きです。ああ難しい、出来ない、きっと出来ないって思うのを、徐々に徐々に積み重ねていって、やったというのが大好きです。私は本当にいろいろなところに書いているんですよ。「あきらめない」と。
鳴門
素晴らしいですね。
相原
押しが強いだけなんじゃないかな。劇団の中には、やさしい子もいるしきつい子もいる、これでバランスが取れているのかなあと思いますね。
鳴門
大切な人、本、映画、歌、舞台とかありますか。
相原
私ね、楽しいのが好きなんです。森見登美彦さんの「有頂天家族」っていう小説の中に「面白いことは良きことかな」っていう言葉があり、それがすきですね。
鳴門
やっぱりそういう眼で読まれることがあるんですか。
相原
そう。でも意識的にそうしなきゃいけないんですけど。座員が皆そうやって作品を捜して、こういうのをやりたいというのが理想だとは思いますけど、楽しみのほうが先になってしまいますね。
鳴門
最後に私たちのような演劇鑑賞会について考えられていることがあれば、一言お願いします。     また鳴門市民劇場の会員にメッセージをお願いします。
相原
鑑賞会の歴史はすごく長いですよね。戦後すぐに始まっているわけですから。運動が労組の運動とダブって、がーんと力を持って進んだ時期もあったし、形態が変わってサークルを大事にして、世の中の流れに寄り添いながら演劇を観るという活動を守ってきて下さると思うんです。そういう意味で鑑賞会が発展するということは、劇団にとって希望です。
鳴門
こうやってインタビューでお話しを聞かせてもらって、演じる人のパワーをもらって、私たちも頑張らなければと思います。本当に有難うございました。
相原
有難うございました。
相原智枝さんとインタビューア

E-mailでのお問い合わせは              鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。