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木村有里さんに開演直前インタビュー

楽屋訪問90


 劇団NLT公演「毒薬と老嬢」鳴門例会(2018年11月2日・3日)で“アビー”役をされる木村有里さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

鳴門市民劇場(以下鳴門と略) 鳴門へは何回も来られていますよね。

木村有里

木村有里(敬称略 以下木村と略) はい。2011年に「宴会泥棒」というので出ていましたし、2014年には「OH !マイママ」で来ました。もっと前には「ニノチカ」や「毒薬と老嬢」の代役でもきています。

鳴門 この作品は再演作品ですよね。

木村 私にとっては再々演ですが、劇団にとっては6度目になります。
今から14年前には淡島千景さんのアビィ、淡路恵子さんのマーサで演られたのですが、その時の演出がグレッグ・テールさんだったので、今回は賀原先生の演出をベースに、グレッグさんの演出で、私は先生が演られたアビィの演技を引きついて演じています。 

鳴門 評価が高かった作品ですよね。

木村 ええ。中村メイコさんと賀原先生の時には、芸術祭賞を受賞し、先生の遺作でもあり、再演が繰り返されて、お蔭様で今では劇団の1番の財産(作品)になっています。

鳴門 徳島で20数年前にありましたね。

木村 その時私が演っていました。その旅公演の初日が尾道からだったのですが、、先生が一幕が終わって倒れてしまい、15分の休憩の後第二幕から私が代役を務めました。

鳴門 途中でキャストが代わったということですか。

木村 そうなんです。実は先生はその時癌で、後、半年もてばいいと言われていたのですが、すでに旅公演が決まっていましたし、その前にあった東京公演に出演するのですが、周りのみんなに内緒にしていたんです。コメディの芝居なのに、みんなが心配して気を遣い、暗くなってはよくないので。先生は抗がん剤をやっていましたからすごく痛かったらしいです。
そして、万一の場合のために代役を探していたらしいのですが、劇団にすぐに代役をやれる年齢の人がいなくて、でも、準備はしなくてはいけないので、私に・・・という事になったのですが、当時私は41歳で、お母さんまではしょっちゅう演った事があったのですが、お婆さんは初めてで、賀原先生の仕草を真似るだけで精一杯でした。そんな中、代役のお稽古も、先生が演出をするので、アビィのところを私が代わって演るという事で、5,6回しか出来ず、舞台稽古は3幕だけ、東京での本番は1回だけで、尾道に行ったんです。まさか旅公演の初日にすぐ代わるなんて思いませんでした。準備をするというのは、先生が出来なくなるということなので、メークもしないでいたの。先生は抗がん剤のせいで、激痛があったらしく一幕が終わった途端倒れちゃった。そうしたら二幕から有里に代わって・・・と先生が仰って、先生のかつらを被ると、まだ生暖かったわ。お婆さんの役なので、そんなにメークもしなくてすみ、二幕から演りました。コメディーだから、皆様がねシーンとされては困るので、「賀原夏子は体調不良の為、二幕から木村有里に代わります」とアナウンスしただけなのですが、皆さんは何の違和感もなく観て下さったそうです。
四国は二回以上公演のところもあって、一回は必ず先生がなさると決めてらして・・・。きっとそれは最後の公演のごあいさつをしなくてはと思っていたのだと思います。尾道から松山に入った時、花道の奥から段ボールを机にして、痛みを抑えながら、ノートに駄目出しを書いて下さっていました。高知へ行く時、いよいよ皆にも全てを話し「これからはもう大丈夫。あなたがアビィを演って下さい」と言われました。そこから帰って一ヶ月後に亡くなりました。やっぱり大事な公演の時に亡くなると、お葬式やら何やと劇団が大変なので、私たちが帰るまで、きっと自分で耐えてらっしゃったんですね。その時私は、先生から命に代えて、生の舞台への情熱や凄さを教えて頂きました。今は、私がもう先生が亡くられた年になっちゃいました。今回はなんの年寄らしい工夫もしないでやればいいという、何というんでしょうね、これはすごいですね。だからこの人のやっているお婆ちゃんたちを観るだけでいいんです。昨日、初日で素晴らしい会員さんたちで、もうgood(笑)。大いに笑って頂いたからありがたかったですね。こういう組織があると、やっぱり違いますよね。お迎えしてくださる皆様がたの準備と用意があって、良くわかって下さっているんだなあと感じて演りやすく、嬉しいです。

鳴門 ご本人は楽しいイメージのお婆ちゃまを演じられているみたいですが、役柄として難しいと思われたこと等ありますか。

木村 今回は全くないです。この婆さんたちのやっていることはあくまで神様に仕えている慈善事業という一念でやっているんですね。もしかして、観て下さる人がああいうのだったらいいなと思って下さるかもしれない。お芝居の面白さというのは、舞台上に連れて行くことだと思うのね。観る方の今日の疲れとかいやなこととか悩みとかを忘れさせちゃって、思わず前のめりになって、あーあーだめだめとか言ったり、そうそうなんてちょっと考えている自分に気づいて苦笑いして…、そうなって頂けたら最高です。

鳴門 役者の方は個性的な方が多いんですが、公演中、移動中はどういう感じで接しているんですか。

木村 コメディーやっている劇団だからなんでしょうか、大体いつもジョークとか笑わせる事ばかり言い合っているんですよ。特に私は、そうですね。コメディーをやる劇団は明るいし、日常的に笑ったり笑わせたりすることが習慣になってるので楽しいです。それに相手役との関係を大切にしたいので。阿知波ちゃんとはすごく仲が良いのよ。姉妹の役だからね。

鳴門 先ほどからお話しを伺っていたら、本当に楽しそうにお芝居のことを喋っておられんですが、俳優というお仕事をするきっかけは何だったんですか。

木村 あのね、私は子役だったの。その頃外に出たら恥ずかしがり屋で、でも家に帰ってくると誰かの物まねしたりして、もう少し大きくなると、学芸会で自作自演で芝居をやるようになり、小学5年生の時にクラスの先生から「東童」という児童劇団に入るように勧められて入ったら、1か月以上四国などへ学校公演で「アンクル・トム」や「よだかの星」等で、学校休んで廻っていました。今だったら許されない事ですけどね。でも私はベビーブーム世代だったので、このままのめりこんだら中学浪人になっちゃうというんで、劇団を辞めて、俳優座の養成所を目指していたのだけど閉鎖になってしまい、東宝の東宝現代劇というところに入団して、5年間森繁久彌さんや森光子さんの出演する商業演劇の舞台に、1年360日以上脇役で出ていました。帝劇というところに5年間いました。その後劇団NLTに入って、コメディー専門の、しかも翻訳劇中心の物ばかりやるので、私にピッタリだったと、この頃つくづく思います。

鳴門 芝居から離れて日常生活の楽しみとかありますか。

木村 ええとねえ、私の夫がテアトル・エコーという劇団の安原義人なんですが、お互い憑依タイプの役者で二人ともよく主役をやるんですけど、だから日常生活は大変なんです。ある時、私が日本の口うるさいお婆さんを演っていて、相手はイギリスの騎士の役をやっていたのね。帰ってきたので、「お帰んなさい、あらどうしたの」と言って「そこに薬あるでしょう」と言ったら向こうは突然「何を貴様」と言ったんで、そうしたら私は滑ってのぞけってしまったのね。それでずっと目をつぶっていた、すぐに起き上がったら勿体ないから、ずっと気絶していたふりをしていたの(笑)。そうしたら私をまたいで、ちゃんと私が息をしているか伺うのね(笑)。だからいかにも今意識が戻ったように起きたのだけどもうそろそろ起きてやろうかなと思って起きた。そういう異常なことやっているの(笑)。二人共無意識なのよ。二人でやっていると勿体ない。無料で見られるのにね。しょっちゅうですよ、うちは。だからぼうーとしていることは余りないですね。常に何かをやっている。

鳴門 鳴門は今1ステージなんですけど、以前阿知波さんと話したときに、鳴門も2ステージやったら、もっとゆっくり出来るのにと言われました。今回は2ステージなんですが、阿知波さんは芝居をやってない時は、地元の食材を買って料理するのが楽しみだと言っていました。

木村 私は全くというほど性格が反対ですね。今回の姉妹の役はお互いに性格が反対でピッタリだと思います。今、あの人と同じ楽屋にいるんですけど。あの人は来たら、こうきちんとやっているんですよ。例えば、私の役のアビィが何回かテーブルクロスを置いたら、彼女の役(マーサ)がすぐきちんとテーブルクロスのセッティングをしてくれて。だから二人で役作りについて一度も話し合ったりしなくても、とても上手く演れています。

鳴門 阿知波さんは、こういう感じで料理なんかするんですね。

木村 大好きなんですよ。皆さんによく作ってくれています。

鳴門 旅公演やっている時の楽しみは何ですか。

木村 私はね、買い物が好きで、今日も買っちゃったなあ。ホテルの近くに何とかいうのあるでしょ。お洋服とかすぐ買っちゃうの。

鳴門マネキですね。

木村アッ、そうそう。近くに食べるとこなかったんですよ。だからスーパーに行けば、昼食べる弁当とかあるでしょうと行ったんです。いったらただで帰ってくることが出来ないひとなの。で洋服買っちゃったの。昨日は、徳島では行かなかったけど、あっちの方がいろんなのがあるのになあ。ショッピングが大好きなの。買い物依存症だと思うくらいに。

鳴門 ところで本とか読まれるんですか。

木村 余り読まないですね。安原は毎日沢山よむんだけど、私は3行から5行読むと眠くなるの。睡眠薬みたいに。大体直感的でビジュアル人間なの、私はどっちかというと。だからコメディー合ってて楽しいの。笑って頂けたらいいなあ、

鳴門 座右の銘とかありますか。

木村 「三位一体」という言葉が好きですね。生の舞台の楽しさ、素晴らしさを、相手役と自分と観客が一つになって、その舞台を創り上げた時に感動が起こって・・・この仕事は辞められないんです。

鳴門 今回で20周年なんです。その記念の公演ということです。私たちのような演劇鑑賞会の人間にメッセージあればお願いします。

木村 皆様が期待して呼んで下さって、いろいろ用意して下さるのがとても嬉しいです。一つ一つセットを運んで下さり、いろいろやって下さるのがとても嬉しい。役者にとってもいろいろ勉強になるし、大きく成長する場にもなる。東京だと8回ぐらいしかやらないんですよ。8回というと体が覚えた頃終わっちゃうのね。それに反して地方に行くと、大体40~50回はやるんですよ。また3年とかやらせて頂くと体が覚えるんですよ。こういう組織は他の国にはないんですよ。でもこういう組織はものすごく大変だということは分かっているのですよ。高齢化が年々進んでものすごく大変だと痛感しています。

鳴門 今回もまた連続でクリアしたんですよ(拍手)。6年連続です。

木村 すごいなあ。私も地方にいたらきっと入ります。TVで放送があるといっても生のものを観るということにはかなわない。一期一会の出会いがありますから。生の触れ合いというのはすごいと思うわ。皆様に観て頂けたらいいなあとつくづく思います。

鳴門 どうも長い時間有難うございました。

インタビューアー

E-mailでのお問い合わせは、         鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。