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加藤健一さんに

開演直前インタビュー

楽屋訪問97


 劇団文化座公演「銀の滴 降る降る まわりに -首里1945-」鳴門例会(2019年12月4日)で“与那城イト”役をされる佐々木愛さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

加藤健一

鳴門市民劇場(以下鳴門と略) ほとんどの会員は、馬琴の人生までは知らないと思います。
 馬琴という人物もしくは劇の観どころを教えてください。

加藤健一(敬称略 以下加藤と略) ペンネームは曲亭馬琴と言うんですね。曲亭がなくなって滝沢馬琴になったのかがいつからかよくわからないのですけど、幸いにも沢山日記が現在も残っております。そこから滝沢馬琴の性格や人生がどういうものか、かなり詳細に伺われます。
 その日記を吉永仁郎先生がお読みになってこの戯曲を作ったので、かなり史実に近いものではないかと思っています。
 観どころっていうのは、滝沢馬琴を観るというよりはむしろ、滝沢馬琴を通してお路を観てほしいです。二十歳そこそこで、お姑さんと旦那さんが凄い病的でヒステリック、馬琴はお路の実際のお父さんよりも厳格な父親、そういう家にお嫁にきてしまいます。そして、滝沢馬琴が白内障(当時は‘そこひ’と言ってもいたのですが)‘そこひ’で治らないものですから、字も知らないお路が、目が見えなくなっていってしまう馬琴の代筆をすることになる。それによって急激に自分でも知らなかった文学の才能に目覚めます。これも実際に資料に残っているのですが、代筆し始めて瞬く間に字がうまくなって、漢字を覚えて、最終的には滝沢馬琴が死んだ後、「滝沢琴童」という名で自分の本を出版します。お路は53歳で亡くなりますが、そういう女性の一生を通してこの劇を観た方が観やすいし、そこが観どころなんじゃないかと思います。
 馬琴は日本で初めてのプロの小説家になった大先生で、28年かけて南総里見八犬伝を書くんです。でも、プロの小説家といえども薬づくりの内職と庭の果物を八百屋で売ったりして、生計を立てるという苦労をしてきた人です。第一号の作家と言われた馬琴が70歳を過ぎて体力的にも衰え、目も見えなくなっていくという下降気味なのに対して、それに逆行してお路は成長してゆくというところが観どころと言えば観どころですかね。

鳴門 馬琴を演じる上で気を付けられたこと、工夫されたことを教えてください。

加藤 馬琴のお父さんは武士で、武士の家で育っているものですから、言葉が武士言葉なんです。普段洋物の芝居ばかりやっているものですから、日本の和物の喋り方に口が慣れていなくって、それがしゃべりにくく、「~なのではないか」とか、そういう言葉で苦労はしました。何かを工夫するっていうのはいろんな芝居でやっているのと同じです。当時は白杖もありませんし、目が悪くなってどうやって動いたらいいのかな、とか、目の見えない人はどうするのかな、とかですかね。
 私たちは、全国を回るので、劇場ごとにしゃべり方を変えています。「今日の劇場はどうやってしゃべろうか」っていうことの研究は毎日しています。

鳴門 屋根の上に上がるのとか、体力的にはどうなんですか?

加藤 屋根に上がるのに力は要らないんですけど、怖いことは怖いです。僕よりお路が和服で上がってくるのは怖いですね。ひっかけて転んだら下まで落ちますからそれが心配です。

鳴門 二人芝居の大変さと楽しさを教えてください。

加藤 二人芝居で楽しいのは、沢山出られるということ。引っ込むことがなくて殆ど出ずっぱりで、ずーっと二人で出られるのは、役者冥利に尽きる。中には長く喋るのが嫌いな役者もいますけど、私は出番の多い方が好きなものですから。
 加藤健一事務所は、今年で40周年になりますけど、1年目からずっと主演してきたので、長く引っ込む役とかあまりやったことがなく、逆に袖で人の台詞を聞いているのが退屈なんです。だから、たまに引っ込むと「詰まんないな」って感じなんです。「出ていた方がいいな」って思います。
 だから、そういう意味では苦労はないんですけど、やっぱり台詞がものすごい沢山あるので、苦労しましたね。二人芝居といっても、4分の3くらい僕が喋っているんです。お路は江戸時代の嫁なものですから、‘はい’とか‘いいえ’とかあまり長くは喋りませんし、そういうふうに吉永先生が書いています。でも、殆ど僕が喋っているのに、お路の方がずっと良く見えてくるから、「ずるい役だなお路は」とか、いい役だなと思います。

鳴門 様々なジャンルのお芝居を楽しませてもらっていますが、どのようにして選んでいるのですか

加藤 とにかく沢山本を読んで、自分の感動したものを演っているだけなんです。自分が感動するものを見つけるには、沢山読まないとなかなか見つからないんですよね。ですから、感動する本に出合うまで読み続ける。毎日1作くらいは読むかなって感じです。

鳴門 この世界に入られたきっかけを教えてください。

加藤 きっかけは高校時代にちょっとだけ演劇をかじって、その後、演劇などできるはずがないと思っていたんです。でも就職したら、ネクタイ締めて背広を着てっていうのが何だか肌に合わなくて、演劇をもうちょっとやってみようかなっと思い、それで会社を辞めてしまいました。俳優小劇場、俳優座の二期生達が作った劇団なんですけども、小沢昭一さんを始め、小山田宗徳さん、露口茂さん、そういう人たちが作っていた劇団の養成所に入れていただきました。試験があったんですが、300人くらい受けてなぜか30人の中に入れて、それが演劇の第一歩みたいなものですね。
 それでやってみたら面白くてやめられなくなっちゃった。小沢さんたちが凄い魅力的なお芝居をしていらっしゃったものですから、当時、それで「わあいいな」と思って惹きつけられたんじゃないですかね。

鳴門 仕事以外で好きなことや興味あることを教えてください

加藤 そうですね、仕事以外あまりやることないんです。
 演劇という仕事が非常に遊び心を必要とするというか、一生懸命やればいいというものではないんですよね。この世界はね、楽しんでやらないとなかなか新しい発見ができない仕事なもんですから。稽古場自体が何というか幼稚園のお遊戯場みたいな感じなんです。みんなワーッといいものを出し合う中で、良いものができていくっていう世界なんです。働いているのか遊んでいるのかよくわからないところがあるんですよ。まあ、遊びが仕事といっていいくらいの仕事なんですよね。プロフェッショナルって言われる職業の人は皆そうで、アマチュアがあってプロがある。アマチュア野球とかアマチュアゴルフも遊びじゃないですか。アマチュアのものはみんな遊びで、遊びが高じてプロになっていくので、物凄く遊びが上手な人が食べていけるようになります。だから、遊びは残ったままなんですよ。だから、他のことであまり遊ぶ必要がないというか、一生懸命仕事したからこっちで一生懸命遊ぶというように切り替えなくて済むんですね。
 毎日仲間たちが稽古場に集まってきて、ガヤガヤ楽しくやって、稽古が終わってお酒を飲んでみたいな。精神的には楽な世界で、ただどうしても肉体的には疲れるものですから、その疲れを癒すためには海に行くことが多いです。海でちょっと泳いだりゆっくりします。一週間とか二週間休みをもらって体の疲れを取りに海に行くのが好きですね。

鳴門 四国を回って良かったところとかありますか

加藤 今日もさっき着いて食事して、ここに入ってきたので何もしていません。3ステージを演ると真ん中の1日が空くんですけど、2ステージだと入ったその日はそのまま劇場の仕込みがあったりして、翌日はお昼の公演が終わって2時間くらいは時間があります。でも、交流会があればそれで2日目は終わりになり、ゆっくり観光している時間はないんです。以前、高知でもっとステージが多かったときには、随分いろんな所に行かせて頂きましたけど、今は2ステージなので何もしていません。遊びに来ているわけではないのでいいのです。

鳴門 アドリブはしないと聞いていますが、演出家の人と話し合いをするのですか

加藤 話し合いは勿論するんですけど、話し合いよりも演ってみせます。ダメ出しがあると、役者は演ってみせるのが仕事なものですから別のことを演ってみせます。演出家は方向性を示すんですけど、「そこは悲しんでやってください」とか、悲しく演るっていってもいろんなやり方があるので、役者が演ってみせます。演出家でも、言葉だけではどういう風に悲しむって説明できないんですよ。
 本番中のアドリブは一切無いですね。事故があったときは勿論アドリブはあるんですけど。今回はお路が何回も何回も早変わりをするので、間に合わないときにはいい加減なことを言っています。そういうときは、出てくるまでアドリブで、しょうがないんですけどね。解釈が違うときは、演出家と話し合いますね。

鳴門 テレビにも出演していましたが最近は舞台だけでテレビ出演はないんですか?舞台の方が楽しいんですか?

加藤 テレビをやりながら舞台をする人は多いんですけど、僕はあるところからテレビがあまりいい表現媒体じゃないと思いました。演劇鑑賞会や市民劇場と一緒に生きていった方が有意義なことができるのじゃないかと思いまして、舞台だけに絞って仕事をしています。もうテレビに出なくなって何十年もなりますけど、テーマとかメッセージというのがテレビでも舞台でもあると思うんです。中にはいいものもあるんですけど、テレビが発するメッセージが、もう見るもの見るもの殺人ドラマばかりで、人が人を殺して捜査して犯人を見つけて捕まえて終わり、そんなことやっていて、そういうメッセージばかりでいいのかなと思い、それでテレビが好きじゃなくなってきました。昔僕がテレビに出ていたころは、森繫久彌さんや杉村春子さんも出ていて、いいドラマがあったんですよ。でも、今のテレビドラマはね‥・それにひきかえ舞台のメッセージは素晴らしいじゃないですか。

鳴門 演劇鑑賞会について考えられていることがあればお聞かせください。

加藤 鑑賞会を回り始めて長いものですからね。鑑賞会と一緒に例会を作るというのはどういうことなのかなと、そのことをいつも考え続けているんです。今、迎える側と作り手側が二つに分かれているんですけど、会員が減少しつつあるのでもう少し交流がないと、と思っています。ちょっと助け合うというのはおかしいんですが、何をすれば一緒に作っているという実感があるのかなって考え続けているんです。
 東京と四国ですから講演会のようなものもしょっちゅうできるわけではなく、せめてお手紙でもと思って書かせてもらっています。各地、回るところにずっと書いてはいるんですが、他はどういうことをすればいいんだろうかって考えています。これから益々、劇団側もどうしたらいいんだろうって考えていかなければいけないんだと思います。
 市民劇場はとてもいい作品を沢山例会で取り上げて下さっています。市民劇場があるおかげで、私たちは東京で創ったものを北海道から九州まで津々浦々日本中の皆さんに観ていただけます。これがもしなかったら手打ち興業になりますから、手打ち興行になったら全国津々浦々なんて手が届かないから大阪とか博多とか何箇所かしか行けないですね。大都市の人たちにしか、観ていただけない。今、鹿児島から北海道まで観ていただけるのは市民劇場のおかげです。それは役者たちの力量アップにもなりますし、本当に舞台で生きていきたいのであれば、ステージ数を踏まなければ絶対にうまくなっていかないです。東京だけだと10ステージ、15ステージで終わってしまいます。それを年間1本や2本やったからって全然役者はうまくなりません。一本の芝居で何十ステージと板を踏めるのもこういう団体があるからといつも感謝しています。そのためにも市民劇場の力が弱くならないよう、私たちにできることは何でもしたいと思います。

インタビューアー

E-mailでのお問い合わせは、         鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。