劇団前進座公演「人情噺 文七元結」鳴門例会(2025年1月24日)で“娘お久”役をされる有田佳代さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。
鳴門市民劇場(以下鳴門と略) 1947年に初演、公演は1000回に迫るとのことですが、有田さんが『人情噺 文七元結』を初めて見た時の感想と長年上演されてきた理由を教えて下さい。
有田佳代(敬称略 以下有田と略)
私が劇団に入って最初に頂いた娘役が『くず~い屑屋でござい』の“しづ”という娘で、そういう江戸時代の長屋で暮らす娘役を演じるのは初めてだったので、(勉強のため)何を観たらよいかと教えてもらった中に「文七元結」がありました。
自分自身が生きている今の日常とは全く違う役なので、どういう雰囲気かを知るために観たいくつかのお芝居の中の一つが「文七元結」だったんです。それは“(今村)文美さん”が演じられていて、その時は“お久”を観るというより「どんなふうにその世界にいたらいいんだろう」みたいに大きく役を観ていたのですが、作品が面白いので気づけばただ楽しんでわぁー凄いなと思った印象がありました。お久役を自分が演らせてもらえることになって、本当にびっくりしましたし、有難いなと思いました。ただ、この“お久”、今日観ていただいたら分かるのですが、女形のなかに女優が二人いて、(女形に)囲まれているような状況なんです。前進座はこの“お久”と“お光”という二役だけは女優が演じるということになっていて、それは生娘の初々しさとか娘らしさが出るから女優が演じて、花魁や女将さんは女形が演じて対比を出し、より一層それぞれの役が深まるようにと、やってきています。女形さんの声って強いんですね。本当に存在感も凄く、最初は圧倒されました。しかも、座った状態でセリフを言いますので立っている時より声が出しにくく大変です。忘れられないのは、京都の先斗町の歌舞練場で初めてやらせていただいた時に、実際のセットの中で座ってセリフを言ってみると、客席から怒号が聞こえました。“そんな声じゃ聞こえないぞー!”って。誰と思ってキョトンとしていると、この作品の照明プランナーの方で、今までずっと前進座のいろんな女優のお久を観てきている方なので、“そんなんじゃ前進座の女優っていえないぞ”って言われました。前進座にとっても、その照明さんにとっても大切な作品で、この舞台で女優が頑張らなくてどうするんだと檄を飛ばしていただいたことで、この役を演じる重みのようなものを感じたし、この作品を前進座がずっと続けてきて、周りのスタッフさんも含めて大切にしてこられた思いを嫌というほど味わった経験でした。
鳴門 文七元結は三遊亭圓朝の落語を舞台化したものですが、落語を舞台にすることの工夫、苦労、楽しさなどを教えてください。
有田
この作品は歌舞伎仕立ての舞台になっています。そのことが落語を超えられるぐらいのエネルギーを持つのかなと思います。落語は落語家さん一人が演じることで、想像力を掻き立てられる面白さがありますが、舞台化することでそれぞれの役がより活き活きとしてきます。歌舞伎の舞台なので三味線の音や、セリフも日常的なものではなく、歌舞伎独特の抑揚があり、それによってキャラクターが活きてきます。
落語自体がとっても面白いので、それをいかに超えられるかというのが難しいところです。落語の面白いところや場面を整理して、それでも大事なところは、ポンポンポンとテンポ感も崩さないように展開していくのが一番難しいと思います。そういう意味では、この作品は物凄く舞台化がうまくいっているんじゃないのかなと思います。
鳴門 “お久”は夫婦喧嘩の絶えない両親に心を痛めて、自ら吉原に身売りするという心優しい娘ですが、どのように演じられているのか教えてください。
有田
とにかく私自身はそんな優しい子にはなれないというか、凄い事だと思います。でも、自分が江戸時代に生まれていたら、どうだったのかなと、そんな風に思えたかなって。自分の一生を棒に振ってもお父つぁんとお母つぁんがとにかく仲良く一緒に暮らして欲しいと思うだけでなく、実際に行動に移しているので、自分とは程遠いと思います。でも、そういう“お久さん”の役に出会えたことで、心の優しさとか強さを教えてもらっているなと思います。“お久”はほとんどセリフがなく、女将さんとお父つぁんの話を聞いて、でもこれだけは言わなければってことを一生懸命言う。その「言葉」が“お久”の全てだと思っています。強くなりすぎず、お父つぁんを責めるようにはなりたくないなという想いがあって、その想いを伝えるために今喋っているような話し言葉ではなくゆっくり丁寧に話します。ある程度の抑揚というのは決まっているんですけど、それだけになると、全然心に伝わらなくなるので、それをどうしたら“お久”の気持ちを乗せたセリフになるのかというのを、日々挑戦しながら役を務めさせていただいています。
まだ、完全な答えは見つかっていません。毎回演じながら、もっとこうしたら伝わるかなって思いながら日々重ねています。
鳴門 鳴門市民劇場の公演は「柳橋物語」以来かと思いますが、鳴門の(四国でもかまいません)の印象を教えて下さい。
有田
前回訪れたのは、鳴門市民劇場20周年の時で、すごくエネルギーに溢れていたことを覚えています。
四国の皆さんは、7年前に出会ったこと、お芝居のことや私のことも覚えて下さり、温かい地域なのかなと思っています。その時鳴門は移動日ではなかったので、観光には行ってないんです。なので、明日の午前中に近くを散歩をしようと思っています。
鳴門 この世界(前進座)に入られたきっかけを教えて下さい。
有田
芝居と出会ったきっかけは、子ども劇場の例会で前進座の「牛若丸」公演が私の地元の熊本・菊池に来たのがきっかけです。
私は4人兄弟で、母と5人で見たのですが、誰より喜んだのがうちの母で、「こんなちゃんとした歌舞伎の舞台を子供たちに創っている劇団は何て凄いんだ」と感動して、どこにある劇団か興味を持って事務局の人に聞いたみたいです。そしたら「前進座といって東京に本拠地があるけれども、熊本には子ども劇場の大人版みたいな市民劇場があって、そこに入れば年に1回、少なくとも2年に1回は観られますよ」と教えてもらって、母が入ることになりまして、その時から母は、お芝居を観て帰ってくる度に元気になり、どれだけ面白かったかをエネルギッシュに話してくれるんです。私も「へえー、そんなに面白いんだ」という風に思って、「私も入りたい」と言って、会員になったんです。
サークルの皆で一緒に熊本で観て、車で帰る時に感想を言い合い、前進座のお芝居を観た後だと「前進座の人は、どんな役の人も綺麗に着物を着て、主役だけが目立つのではなく、どんな小さな役の人でもちゃんとスポットがあたるように芝居が創られている」と近所のおばちゃんが言っていたので、その後は、前進座を観る時にはそこのところを観るようにしていました。
確かにみんな綺麗に着物を着られていて、私は時代劇が好きだったので、前進座に入ったら和物ができるかもしれないと思って、前進座を目指しました。
大学進学を機に東京に出ました。高校を卒業する時に養成所に入りたかったのですが猛反対されたので、絶対大学卒業の際一回は挑戦しようと決めていました。
4年生の3月になっても就職について親に連絡しなかったので、「帰ってこい」と言われて卒業式の前に帰りました。どう説明しても絶対怒られるだろうなと思ったのですが、どうしても1回だけはやりたいと伝えようと決めていました。東京に戻る前の晩に「もういい加減にしろ。どうするかはっきりしろ。決まってないんだったらお父さんの知り合いに就職先を紹介してもらうけん」と言われて、それで「実はー」という風に言ったら、お芝居の楽しさを知っている母は喜んでくれたのですが、父は大反対で、二度と熊本には帰れないかもしれないなと思ったくらい怒らせました。
その後、養成所に入ることになって、卒業公演を今はない前進座劇場でやった時は父も母も揃って観に来てくれたんです。観終わった後に「そんなにやりたいんだったらやってみるといい」と言ってくれて、前進座に入ることが決まった時に一番喜んでくれたのは父でした。
今は一番の応援団になってくれていて、時々電話をすると「今日は何処だ?ガンバレ、ガンバレ」と言ってくれます。
鳴門 この仕事以外で好きなこと、興味があること(趣味)を教えて下さい。
有田
今、一番楽しいと思うのは「走ること」です。
趣味程度で、あちこちに行ったときに、朝焼けを見たりするのが好きで陽が上るところも綺麗ですよね。その瞬間にしか出会えず、一瞬、一瞬でその表情が変わるのが素敵だなぁと思っています。
その美しい瞬間、素敵な瞬間に出会えると、ものすごく元気になるのは、それって、お芝居の世界と似ていて、一期一会なので、今日の舞台もどうなるか楽しみです。そういう一回一回、その時にしかない「今」を大事にすることで、私のエネルギーになっていると思うので、その時を噛みしめるのが今一番楽しいなって思っています。
また、食べることはずっと好きで、伺ったその土地の美味しいものを食べると身体自体が元気になりますし、お酒もたしなみ、実家が造り酒屋で、今は造っていませんが日本酒を造っていたので、各地の日本酒とその土地の美味しいものを食べると幸せになります。
鳴門 演劇鑑賞会の活動について考えられていることや鳴門市民劇場の会員にメッセージをお願いします。
有田
私にとっては、演劇鑑賞会さんがなければここにはいないと思っています。すべての始まりの原点と思っています。会員だったのにこうして今また皆さんとお芝居を作る立場になって、凄く有難いなと思います。
役者は本当に演劇鑑賞会さんに育ててもらっているという想いがあります。七年ぶりに伺っても覚えていて下さる、その時はこういう役だったけれども、今度はこんな役だねと喜んでくださり、見守って応援して下さる、一番近い存在にいてくださる方達だなと思っています。
皆さんも、繰り返しクリアを続けていくというのは本当に大変なことだと思います。お芝居って観てもらえたらわかりますが、その一歩を踏み出してもらうのが難しいと思います。私たちは今回新たに一歩踏み出して観ると言って下さった人達に「こんなに面白いの!」「凄い世界だね」「楽しかった!」「感動した」、誰かの何かの仕草一つでも「わーっ」と思ってもらえるものを持って帰ってもらう、その出会いを必ず次につなげられたらと思います。
それは、私たちの責任であると思っています。劇団と演劇鑑賞会さんはなくてはならない両輪だと思って、心を合わせてこれからも共に歩ませていただけたらと思います。
今度来年三月の「あかんべえ」に出るつもりでいますので(笑)、すぐにお会いできるといいなと思っています。「今度はこんな役か!!」と思ってもらえるように少しでも私の成長した姿を観てもらえるようにこれからも頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。