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2007年から2012年の記録
最新のみんなの広場鳴門図書館でのフリーマーケット
おはようございます。
今は、2011年11月3日(土・文化の日)の朝9時前です。
私は、鳴門市内の“とある場所”に来ています。
この広場にはテントが立ち並び、たくさんの人がきて、車から荷物を下ろして机の上に並べています。
私の眼の前では黄色いジャンパーを着た7-8人のグループが数台の車からの荷物を所狭しと並べていますね。
おっとっと、ジャンパーには『鳴門市民劇場STUFF』と書いてありますね。
ちょっと聞いてみましょうね。「もしもし、元気なお嬢さん、あなたたちは何ですか?」
「私たちは、鳴門市民劇場という演劇鑑賞会です。鳴門市図書館が年一回行っているフリーマーケットに参加させてもらってます。鳴門市民劇場の存在をもっと多くの人に知ってもらおうと思って、今年も参加しました」との答えが返ってきました。
ほかには、主催者の古本コーナー、藍染コーナー、農産市、うどん、たこ焼き、などなどたくさんのグループが来ているようです。
10時前になると広場中央にたくさんの人が集まってきて、10時から開会式がはじまり、鳴門市長始め、数人のあいさつがあり、その後売り出しです。他のフリーマーケットでは時間前の売り出しも多かったが、ここでは時間厳守で、また、値下げも、決められた時間までできませんとのことです。
売り始めるとどこのテントもお客さんが殺到し、真正面に位置していた鳴門市民劇場のテントでも一斉にお客さんが押し寄せて、売り子さん?たちは対応に追われているようです。
数時間後、12時過ぎには、ほとんどの品物が売れて、たくさんの売り上げになったようです。
最後にもう一度市民劇場のフリーマーケットの責任者になっているMさんにお話を聞くと「今年も会員さんからたくさんの品物をお持ちよっていただき、また今日の出店にあたっては、多くの会員さんが手伝って下さり、大成功に終わりました。今までに広がりのなかった方々にも幅広く、鳴門市民劇場の存在を知っていただくことができました。また、売り上げの一部を図書館に寄贈させていただき、大変感謝していただけました。来年も続けたいと思います。」とのことでした。このフリーマーケット全体も天気に恵まれ、好調だったようです。
これで、鳴門図書館からの「フリーマーケット」のレポートを終わります。
担当はSMでした。(2011年11月3日)
第12回バスツアー(岡山の桜を訪ねるお花見ツアー)
(津山城(鶴山公園)、衆楽園、高梁市)
毎年恒例の市民劇場バスツアーはその年の例会にちなんだ行き先を選んで来ましたが今年は適当な行き先が無く(まさか11月例会にちなみハワイに行くわけに行かず)皆さんが楽しめるであろうお花見ツアーに決まり行き先は岡山県の津山とたけべの森となりました。
4月7日朝7時、参加者43名を乗せたバスは定刻に出発し瀬戸大橋を渡り津山城址に向かいます。バスの中でツアーの幹事長篠崎さんから残念なお話がありました。今年は気温の上がるのが遅く、津山城址もたけべの森も開花が遅れまだつぼみであるとのことです。そこで見所が桜しかない、たけべの森はあきらめ、歴史ある城下町高梁市へ目的地を変更する提案があり、参加者の多数決で高梁市へ変更しました。
往きのバスの中では篠崎さんのこのツアーの説明や参加者の自己紹介で時がたつのを忘れ、予定より早い10時ちょうどに津山城址につきました。
津山城址は石垣だけの城跡で桜が多数植えられ鶴山公園として親しまれています。桜は事前の説明通りほとんど咲いておらず、数本の木に咲き始めている状態でした。しかし、さくらまつりの中日の休日であり様々の催し物や露天も多数出店され、昼前には人出も大勢となりした。ツアーの一行は咲き始めの桜や、石垣、城跡からの津山の町の景色、露店の濁り酒、津山名物ホルモンうどん等を各々が楽しんでいました。
津山観光センターで昼食の後、短距離ですがバスで衆楽園に向かいます。衆楽園は旧津山藩別邸庭園で池を中心にした回遊式の大名庭園ですがここの桜もまだつぼみでした。少し寒かったのですが庭園の中のお茶席で抹茶と和菓子を頂き、花はありませんが少し優雅な花見気分です。
衆楽園を1時過ぎに出て高梁市に着いたのは2時30分です。高梁市は備中松山藩の城下町で落ち着いた武家屋敷や古い商家の町並みが残っています。この日はちょうど、「備中たかはし町家通りの雛まつり」の初日で飾られたお雛様やディスプレイがツアーの一行の目を楽しませてくれました。
3時30分に高梁市を出発、バスの中では藤田さんの桜に関するクイズで盛り上がります。与島SAで休憩、軽食を受け取り、帰路につきました。鳴門に帰ったのは予定より早いまだ明るい6時30分でした。
参加者の皆様、お疲れさまでした。お世話をしてくれた幹事の皆様、ありがとうございました。
文責 na
2011年フリーマーケット
(ウチノ海総合公園、鳴門ウチノ海ふれあい広場、図書館バザー)
一昨年に続き、今年は10月1日(土)に「ウチノ海公園の秋パーク」でフリーマーケットを開催しました。
品物はもちろん会員さんが寄贈してくれたものばかりです。1週間ほど前から幹事数人が事務所に集められた品物を前に、もらった会員さんの手前あまり安い値段をつけるのも失礼だし、かといって高いと買ってくれないというジレンマと戦いながら値段付けをしてくれました。
いよいよ当日は車4−5台に載せて持っていったものを出店したのですが、なんせ1区画なので品物が所狭しと、溢れかえっていました。隣の区画の人にかなり迷惑をかけたようです。
開始は10時ですが、やはり並べている最中からたくさんのお客さんがきて買い始めました。
また、途中では、鳴門市長さん(「希望の会」サークル)が会場を廻っておられて我々のブースにも立ち寄ってくれました。
前回の「冬パーク」は、寒風吹きすさぶような中の出店でしたが、今回は天気の悪い日が続いた後の晴れた日でちょうど良い気候でした。
でも品物が多かったのと、あまり早い時間には値引きをしないと決めていたので、やはり5分の1くらいが売れ残りました。でも売り上げは前回ほどになりました。
ちょうど終わったところへ、鳴門西の方から、2週間後に「ふれあい広場」でフリーマーケットをするので出店しませんかと声がかかり、そこでも参加することにしました。
10月22日(土)はコスモス祭りの日で、前夜はかなりの大雨が降っていたのが、朝には止んでいました。日ごろの行いが良かったのかな?!。
コスモス祭りの会場はこのふれあい広場の前のウチノ海公園になっており、そこからお客さんを誘導してくれたことや、ここの人がたくさん買ってくれたので、最終的に残ったのは予想以上に少なかったです。
11月6日(日)
鳴門市図書館のバザーがあると聞いて、私たちも参加させていただきました。広いスペースにテントまで準備をしてくださり、優しい心遣いに感謝の気持ちでいっぱいでした。その上「市民劇場のためなら何か買わなくっちゃ!」と優しい声。
市民劇場への案内チラシを渡しながら「殿様と私」の作品のこと、市民劇場のことを話ししていると、興味を持ってくれた方もおいでて、早速その場で入会してくださいました。3回目のフリーマーケットでしたが、積極的な増ちゃんと澤ちゃんの大活躍で嬉しい新会員の申し込みまであって、大成功です!
今年のフリーマケットは、めでたし! めでたし!で終わりました。
文責 SM・YF
第11回バスツアー(広島への旅)
第11回の鳴門市民劇場バスツアーは9月例会「父と暮らせば」にちなみ広島に行ってきました。
4月24日日曜日参加者46名は一人も遅れずに、6時30分の定刻より5分早い出発です。鳴門インターチェンジから高速道路にのり瀬戸大橋を渡り、鴻池サービスエリア、小谷サービスエリアで休憩を取り広島市に到着です。
4時間にも及ぶバスですが、篠崎さんのツアーの説明、榊さんの「原爆許すまじ」の歌唱指導、増田さんの合唱などで退屈することなく旅ができました。榊さんの歌唱指導はさすがで、初めて聞いた人も完璧に歌えるようになりました。
最初の広島平和記念資料館では約10名ずつの4班に分かれ、ボランティアガイドさんの案内で見学しました。初めての人も何度目かの人も悲惨な原爆の被害に心を痛め、2度と原爆が使用される世の中が来ないこと祈りました。が、現在同じ放射能で東日本が苦しめられている現実に人間の愚かさがいやになります。
昼食はリーガロイヤルホテル広島のバイキングでおいしい料理、デザートを堪能しました。
午後は15名ずつ3班に分かれボランティアガイドさんの案内で広島平和記念公園を見学しました。被曝して亡くなった佐々木貞子さんをきっかけにつくられた原爆の子の像に会員が出発前に折ってきた千羽鶴を捧げ、藤田進さんが像の前で峠三吉の詩を朗読し、全員で「原爆許すまじ」を合唱しました。その後、平和記念公園を歩き、爆心地、原爆ドーム、、相生橋、平和の時計塔、平和の鐘、原爆死没者慰霊碑、被爆したアオギリなどを見学し平和学習を行いました。
広島最後の見学先は広島藩別邸の庭の縮景園で新緑に目を楽しませました。
帰りのバスでは「父と暮らせば」の作品紹介を津田さんが行い、藤田進さんが作者の井上ひさしが脚本を書いていたなつかしい「ひょっこりひょうたん島」の話題についてしゃべり、福山サービスエリアでおみやげを仕入れ、バスの中で夕食の弁当をいただき、全員無事鳴門に着いたのは夜の8時でした。皆様お疲れさまでした。
文責 na
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「切られお富」初春観劇ツアー
2011年1月9日(日),京都南座へ前進座初春特別公演「切られお富」の観劇ツアーを挙行。9月例会「あなまどい」の交流会で,役者さんたちからのお誘いの賜です。
このツアーは,今回で2回目。前回は2009年1月18日(日),前進座の「出雲の阿国」でした。その評判がよかったのか,今回は募集開始5日で満席に。急きょ,3名増して48名の旅となりました。
7時,晴天のもと,鳴門を出発。淡路島で会員1名を拾い,一路京都へ。
日曜ゆえ,渋滞を心配するも,スムーズに進み,桂川PAでは軽食を取る余裕も・・・
10時,鴨川畔に建つ出雲の阿国像前で記念撮影。ここは,阿国が「かぶき踊り」を舞った歌舞伎発祥の地。また,南座は元和年間に官許された7つの櫓(座)のひとつで,唯一現存します。桃山風破風造りは,国の重要文化財。
その南座は目と鼻の先,阿国の見つめる視線の先にあります。後ろが鴨川の流れ。
10時5分,南座到着。
10時30分開場。
入り口で,二段重ねの花萬弁当を受取り,入場。座席は,1階真ん中から後ろよりの席。開演前に,2階・3階の観覧席探索や観劇記念のお土産購入など,わくわくドキドキの時間を過ごしました。
11時開演。まずは,襲名披露した七代目嵐芳三郎さんの「口上」から。
次の「切られお富」までの休憩時間に,観劇席で豪華な弁当を広げる方も。
初春の華やいだ雰囲気のなか,ゆったりとお芝居を見ることができました。回り舞台や花道などを存分に使った本場の歌舞伎に感激。幕間に弁当をいただきながら,全2幕7場。終演後には,お滝(源左衛門の女房)役の徳島県出身山崎辰三郎さんと噺家頓馬・若い者喜助役の中嶋宏幸さんと記念撮影。
14時30分,南座発。
四条河原町通〜八坂神社〜圓山公園〜知恩院までを,三々五々,自由に散策。1時間半,宵戎で賑わう京のまちを少し満喫。
16時,知恩院出発。
戎祭りで交通渋滞する京のまちなかを抜け,桂川PAまで2時間。20時,鳴門着。
みなさま,お疲れさまでした。車中で・・・ 南座へ行ったことのある方? の問いに,半数以上の手が上がりました。 前回は,初めての方が多く,「お芝居に感動しました」「お弁当美味しかった」「踊りが素晴らしかった」「また,観劇ツアーをお願いします」と好評でした。
その影響か,今回はリピーターが増え,気心の知れた方と芝居を楽しむ習慣ができつつある予感です。
さて,次回は,どんな観劇ツアーになるか,とっても楽しみです。
文責 DAI
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芸術の秋。
鳴門市文化協会恒例「秋の鳴門市展」が開幕です!(10月2日〜31日)(市民劇場の展示は2日から11日まで)
今年は鳴門市民会館横、鳴門消防署の工事が始まり、市民会館が使えないとのことで会場はキョーエイ駅前店4階のセンター街での開催となりました。
私たち鳴門市民劇場も文化協会の一員として、毎回例会案内や行事報告を展示させていただいています。
今年もたくさんの協力者が集まり、作品製作にかかりました。毎日のように事務所につめて作品作りに一生懸命でした。
それでは市展を見逃した方のために、市民劇場の作品をご紹介します。
【例会を迎えるまで…】
これは、私たちが演劇公演を迎えるために、どんな手順があるかを表で表しています。
そうです。当番サークルが知恵と力を併せて劇団を迎える準備をするのです。★11月の例会案内です!
2010年11月の作品は海流座公演
【新・裸の大将放浪記】
芦屋雁之助さんの山下清は有名ですが、弟の小雁さんが清役に挑戦した作品です。お楽しみに!!★2011年度ラインナップ!!
☆展示をご覧になってくださった方ありがとうございました!
最後は2011年作品のラインナップを紹介したものです。一流の劇団を迎えて、鳴門市文化会館で生のお芝居が観られるのです。
心から笑ったり、泣いたり・・・、考えたり、ひとつの舞台からこんな体験がえられるのです。この機会にあなたも一緒に市民劇場での舞台を観ませんか? そして一緒に感動を分かちあいませんか?
まずは11月26日(金)18:30からの「新・裸の大将放浪記」を一緒にご覧になってください。
来年も楽しみがいっぱいつまった例会になっています。
もっと、早く入会しておけばよかったという方もたくさんいます。
あなたもどうぞ!!キョーエイの会場が明るく、ちょうどいいスペースなので作品が見やすいですね。と話しながら作品を鑑賞していました。
文責 わかめ
「坊ちゃん」を訪ねて 道後の町と奥道後お花見の旅
2010年4月3日(土)第10回鳴門市民劇場バスツアーに行きました。
今回のツアーの行き先はは5月例会「赤シャツ」にちなみ愛媛県の松山です。
2007年の菜の花バスツアーも計画した篠崎前代表を中心としてお世話していただきました。
7時出発予定でしたが参加者45名全員が集合時刻に遅れることもなく定刻前に出発しました。
当日は天候に恵まれ道中の車窓から満開の桜もそこかしこに見ることが出来ました。
鳴門市民劇場恒例の車中での自己紹介で初参加の方や第1回から欠かさず参加している方がたの口から今回のツアーを楽しみにしていたことが語られました。
バスは吉野川サービスエリア、石鎚サービスエリアで休憩の後、最初の目的地の坂の上の雲ミュージアム近くの路上に着きました。
坂の上の雲ミュージアムは建築家安藤忠雄の設計で外観が三角形、三階建ての各フロアがスロープで結ばれるという独特の建物です。展示はNHKでもドラマ化されている司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」を中心としたものです。窓からは満開の桜と次に向かう「萬翠荘」も望めます。
「萬翠荘」は坂の上の雲ミュージアムから坂を少しあがったところに位置し、松山藩主の子孫である久松氏が大正11年に建築した洋風建築でその装飾、ステンドグラスやシャンデリアの豪華さにはため息が出ます。
「萬翠荘」からさらに坂をあがったところに正岡子規と夏目漱石が暮らした「愚陀佛庵」という家屋が復元されています。
それらを見学後バスでホテル奥道後へ移動し昼食、その後は入浴や満開の桜の花見です。
松山市内にもどり「子規記念博物館館」へ行きました。ここでは子規と漱石が52日間一緒に暮らした「愚陀佛庵」の1階も復元され、その暮らしぶりがうかがえました。『愚陀佛は主人の名なり冬籠』という句を漱石が残しているように「愚陀佛」というのは漱石のペンネームでした。この時、漱石は中学校で英語の先生をしていたようです。この記念館では俳句を仲間と一緒に楽しんだ漱石を身近に感じることができました。
あわただしく次は「坊ちゃんカラクリ時計」を見学、「道後温泉本館」では皇族専用の浴場(又新殿)をボランティアガイドの方の説明を聞きながら見学、その後、アーケード街の散策を楽しみました。
帰りの車中では、津田さんによる漱石の小説「坊っちゃん」の解説を楽しく解説を聞き、次の「赤シャツ」公演への期待をふくらませました。また榊さんの指導で懐かしい唱歌や温泉にちなんだ歌を全員で合唱、最後まで楽しい旅でした。
文責 na
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ウチノ海公園「わくわく冬パーク」でフリーマーケット開催
2009年12月20日(日曜日)、鳴門市民劇場では2003年8月開催以来、6年ぶりの「フリーマーケット」です。
開催のきっかけは、今年の総会で財政が苦しいことを報告した時、会員さんからフリーマーケットの提案をいただいたことでした。
数日前までは寒風が吹き荒れて、このままではフリーマーケットには寒すぎると思っていましたが、日ごろの行いが“まあまあ”だったのか若干の風ですが、比較的良い日和に恵まれました。
朝9時前に代表幹事のSさんが場所取りに並び、15区画(1区画2m×2m)に対して12名くらいが待っていましたが欠席者がいたため、2区画もらうことができました。
9時15分頃には会場に着き、それぞれの場所に品物を運びました。これらの品物は12月1日から10日までの間に会員さんが事務所に持ってきてくれたものです。合計300点はあったので、2区画でも納まらない量でした。
10時の開園なのに9時半頃からたくさんの来場者です。
食べ物の販売ブースはありませんが、参加賞交換コーナー、地元ヒーローショー、マラソン大会、阿波踊り体操などがありました。阿波踊り体操は「ラッコくらぶ」の方々が揃いのショッキングピンクのユニフォームで元気いっぱいの参加です。
私たちのフリーマーケットにも、子どもたち、催し物に参加していた方、多くの市民劇場会員の方々が来てくださって大繁盛でした。
2時頃には品物は若干残っていましたが、昼食もまだったので、撤収することにしました。事務所での片付けなどで、解散は5時近くでした。
文責 SM
マクベス鑑賞バスツアー(能登演劇堂)
2009年10月31日(土)から11月1日(日)にかけ1泊2日で能登演劇堂へ無名塾の「マクベス」鑑賞ツアーに行きました。「マクベス」は人気公演のためチケットの確保が難しく広く会員を募集することなく幹事を中心とした有志合計29名の参加でした。
31日朝6時に鳴門市地場産業振興センター前を出発した一行は淡路サービスエリアで休憩の後、本州に入りましたが高速道路休日1,000円の影響や事故の渋滞のため到着の遅れが心配されました。運転手さんの努力により最小限の遅れで第1の目的地の永平寺へ到着。
永平寺では団体さんの特典で修行僧の解説で建物や歴史を笑いのなかで学びました。門前町で昼食を終え、いよいよ中島町能登演劇堂です。
道路沿いの幟や玄関前の屋台が芝居見物の気分を盛り上げます。演劇堂は市民劇場で2004年にも無名塾「いのちぼうにふろう物語」で訪れましたが1番の特徴は舞台後の扉が全面開口し能登の風景がそのまま舞台と一体となることです。この「マクベス」ではマクベスが馬に乗り部下を従え遙か彼方から登場するシーンと最後に敵の大群(エキストラの地元高校生たち)が木の枝を持って森が攻めて来るようなシーンで効果的に使われ参加者一同感動。終演後は演劇鑑賞団体の特典で舞台上で若手出演者と一緒に記念撮影で感動。
終演後は2004年も利用した和倉温泉「花ごよみ」で温泉に入り楽しい宴会。まだ足りない人たちは館内のカラオケでさらに盛り上がりました。
翌11月1日は金沢の花街である東茶屋町散策を楽しみ、兼六園へ。兼六園では珍しい雪吊り作業を見ることが出来ました。昼食を終え最後の目的地、那谷寺に着いた頃には大雨になり、希望者のみ見学へ。楽しかった2日間も終わり21時過ぎ一行は無事鳴門に帰りました。
文責 na
第9回バスツアー(「出雲の阿国」公演観劇)
2009年1月18日(日)、京都の南座へ前進座初春特別公演「出雲の阿国」の観劇に行きました。9回目の鳴門市民劇場ツアーです。
今回のツアーは、申込開始後瞬く間に定員に達し、急遽5名増員して45名の参加になりました。
7時前に出発。日曜日でもあり渋滞を心配していましたが、混雑もなく、桂川パーキングではコーヒータイムの余裕ができ10時に南座に到着しました。
開場までの時間に、「出雲の阿国の銅像前」と「南座前」で記念撮影ができました。
1603年、京都の鴨川河原(現四条河原町)で出雲の阿国が歌舞伎踊りをした歌舞伎発祥の地、また元和年間に官許された7つの櫓の内唯一現存する伝統ある南座での「出雲の阿国」公演です。
わくわくしながら弁当を受取り入場。座席は事務局の尽力により1階1等席1列から7列中央寄りの良い席でした。開演前に南座内の見学や観劇記念のお土産購入の時間もあり、ゆったりした気分で観劇できました。華やかな舞台に感激し、昼食の南座花萬お弁当を幕間にいただき、全3幕12場のお芝居終演後には伝介役の徳島県出身俳優山崎辰三郎さんと記念撮影をしました。
南座から四条通八坂神社円山公園知恩院駐車場までを自由に散策しました。天気予報がずばり的中の無常の雨で予定していた知恩院前での記念撮影は残念ながらとりやめとなりました。
帰りの車内では自己紹介を兼ねた感想を述べ合いました。南座初めての方が多かったのですが「お芝居に感動しました」「お弁当美味しかった」「踊りが素晴らしかった」「また、観劇ツアーをお願いします」と好評でした。今回、参加の方々が集合時間を厳守してくださったことで、帰りも予定より30分早く帰ることができ楽しくツアーが終了しました。次回はどんなツアーになるのかなと楽しみです。
文責 YO
鳴門市民劇場では2008年7月13日(日)「音楽劇 母さん」の例会の後、場所を鳴門グランドホテルに移し、独立10周年の記念パーティーを実施しました。
★参加者は約120名
鳴門市吉田市長様、市議会議長橋本様、文化会館館長森様、「山彦の会」の皆様をお迎えし、また四国市民劇場6組織からは27名もの方々が遠くから来てくださいました。たくさんの方々、仲間に祝って頂き感無量でした。
☆「ビデオで見る鳴門市民劇場のあゆみ」☆
皆さんが一番印象に残っている市民劇場での思い出は??
1994年3月第1回地域例会「早春スケッチブック」から始まり、江波杏子さんとのエピソード、「はなれ瞽女おりん」の有馬稲子さん、「華々しき一族」の杉村春子さんとのエピソードなど、懐かしい思い出が甦りました。
これら14年前の作品を観た方は会場にどれほどいたでしょう?
ここまでの道のりの裏話もあり、興味深く見ることができました。
★お祝いメッセージ
「二人の老女の伝説」「天国までの百マイル」文化座の佐々木愛さん、「詩人の恋」加藤健一事務所の加藤健一さん、2009年1月「見下ろしてごらん、夜の町を。」の東京ヴォードヴィルショーのみなさん、同年5月「広い宇宙の中で」の劇団スイセイミュージカルの皆さん、以上4劇団からお祝いのビデオメッセージが届きました。
♪ 「山彦の会」ミニコンサート 〜♪
俳優さん全員がパーティー会場まで駆けつけてくださいました。また、キーボード演奏と「母さん」の挿入歌を作曲した新垣雄さん、バイオリン演奏者与那嶺理香さんのお二人の演奏で「リンゴの唄」「ちいさ秋見つけた」「小さい母のうた」をみんなで一緒に歌いました。ちょっとしたミニコンサートです。「小さい母のうた」は新垣雄さんがサトウハチローの詩に曲をつけたそうです。
また、この会場で使ったキーボードは舞台で使ったものを、そのまま持って来てくださいました。運搬は今後の舞台に影響しないように慎重を要する作業でした。もちろん、バイオリンも同じです。主役の伊東恵里さんは小椋佳さんとジョイントコンサートもしているそうです。ちなみにこのパーティーのためにワンピースを新調してくださった女優さんもいました。
第九大合唱!
鳴門といえば「歓喜の歌」。
会員の中にも第九を歌える人はいっぱいいます。
それもそのはず舞台上いっぱいの歌手が勢揃い。
「山彦の会」の佐山陽規さんも一緒になって歌うやら、指揮をするやら、第九の歌を盛り上げてくださいました。会場にあふれんばかりの歌声が響きました。正に歓喜の歌!
〜鳴門大漁節〜
070ひまわりセブンサークルの中谷道子さん達10人が「鳴門大漁節」をご披露してくださいました。三味線、尺八の演奏や後ろで網を引きながら掛け声で応援していた姿にも感動しました。
中谷さんたちは、「こんなにみんなに手拍子で参加していただいた、「鳴門大漁節」は初めてです」とにこにこ当日の感想を話してくださいました。
☆★ジャンケンゲーム★☆
グー〜! チョキ〜! パー!さて、見るばかりでは楽しくない!みんなの参加型にしようと盛り上げてくれたのは、長崎さん、矢野さん、森本さん。ジャンケンゲームの始まりです。勝ち抜きですが、勝利者には劇団からのサイン入り色紙。
なんと「いまばり」の幹事さんも勝利者に!
最高の記念になったと思います。
皆さん童心に返りジャンケンゲームを盛り上げてくださいました。
☆♪市民劇場ソング♪☆
この10年の間に出来たものと言えば、「市民劇場ソング」・・・(手話ダンス付き)この手話ダンスの考案者、山崎さんの先導で皆さんにご披露しました。
また、最後は徳島の誇り「阿波踊り」を生の大太鼓と〆太鼓・鉦とのリズムに合わせて全員が所狭しと踊りまくり、初めて経験した劇団の方は「来年は市民劇場連を作りましょう!踊りに来ますよ!!」と大喜び、会場は鳴門の渦のごとく迫力いっぱいのエンデイングでした。
こうして盛大に10周年を祝うことができました。
さあ、次は20周年を目指してみんなで頑張りましょう!
☆☆ロビーいっぱいにポスター展をしました。☆☆
鳴門市民劇場は2008年6月で独立10周年を迎えました。
この長い間に60本もの素晴らしいお芝居を観てきました。この鳴門という田舎で生の舞台を間近に見られるのも、私たち鳴門市民劇場の会員みんなが、力を合わせてこの市民劇場を続けてきた結果です。
新劇、歌舞伎、喜劇、悲劇、ミュージカルなどいろいろなジャンルの芝居を観ることができました。
それを思い出してみようと、5月例会「天国までの百マイル」の公演会場ロビーに10年間に観た芝居作品ポスターを展示しました。
1998年青年劇場公演の「愛が聞こえます」を始め、「デュエット」「私の下町―母の写真」1999年「枯れすすき」・・・早めに会場に来た人は「あゝ、私この作品から観たわ!」「『枯れすすき』は、日色ともゑのおばあちゃん面白かったなー」「ピーターが来たのは2000年だったんだ!」「わたし全部観たわ」などとポスターを見ながら昔観た作品のことで話が盛り上がっていました。
会場は、10周年の重みが伝わってくるようでした。
そういえばこのポスター展をするに当たって、人気ポスターが無く、阿南市民劇場からお借りしたものも1枚あったのですよ。それが、いち早くなくなった『雁の寺』のポスター、高橋惠子さん主演のものでした。
文責 YF
第8回バスツアー(広島県世羅高原編)
4月27日(日)、広島へ旅行に行ってきました。鳴門市民劇場で2000年に初めて、演劇の華岡青洲にちなんだ和歌山に行って以来8回目です。
募集を始めた途端に、定員以上の応募があり、バスを増やし、大型・中型の2台で、66名の参加でした。
7時に出発し、最初の行き先「世羅高原農場」のチューリップ園には10時40分に着きました。計画では「甲山ふれあいの里」の枝垂桜だったのですが、春の気候が良すぎたために枝垂桜は終わってしまい、変更になったのです。この農場は、6万平方米の広さがあり、1本から複数の花が咲くものや、フリルの付いた白色の花、神秘的な紫、派手なオレンジ色など300種70万本のチューリップが色々な組み合わせ、模様で植えられていました。
2番目の行き先は待ちに待った昼食の場所「世羅ワイナリー」で、農場から15分くらいのところでした。丁度2周年記念という事でマジックショーなども行われており、非常にたくさんの観光客がきていました。ワインの試飲コーナーは何十人と並んでおり、大変な人気です。
次に着いた「花夢の里」は5万平方米の広さに芝桜が80万株ということでした。種類はピンク、レッド、ブルー、ホワイトの4色だけでしたが、これらでイヌ、ブタ、など大きな絵が、丘の斜面に描かれていました。芝桜に近づいて見ていると、眼前が全てピンクになり吸い込まれそうになりました。
ここから尾道に向かい、林芙美子、志賀直哉ゆかりの「おのみち文学の館」に向いましたが、時間がかかりバスを降りたのは4時半でした。5時出発という事で、館には行かず、付近の町並みを散策してバスに戻りました。
いよいよ帰路です。福山サービスエリアでたっぷりお土産を買い込み、夜食の弁当も積み鳴門に向いました。そして朝の出発から13時間20分、無事鳴門に到着できました。今年の4月は雨の日が多かったのですが、丁度良いお天気に恵まれ、また、行き帰りの車中では、例によって、担当幹事が自己紹介・歌・ゲーム・クイズ・行き先説明と奮闘し、有意義なツアーを成功裏に終えることができました。
来年は何処かな?
文責 SM
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2007年9月24日鳴門市ドイツ館にて 公演の案内はこちら鳴門市民劇場で企画、運営する例会は、年6回、通常2ヶ月に1度の上演が基本です。
今年は、8月例会“二人の老女の伝説”(8/25)から次の11月例会“家族の写真”(11/25)まで3ヶ月のブランクが生じました。
鳴門市民劇場として、その間に何か特別な企画ができないか、幹事会にて検討、協議していたところ、劇団東演による ピアノソナタ「月光」を基軸にした朗読劇“月光の夏”が全国を巡演し、各地で感動を呼んでいるとの情報を入手しました。2名の幹事も観てきており、感動したと評価が高かったこともあります。徳島市民劇場と連携し、鳴門・徳島での公演を依頼したところ、快諾され、次の日程が決まりました。
鳴門主催 9月24日(祝) 徳島主催 9月25日
鳴門市民劇場では、早速、特別企画として朗読劇“月光の夏”上演に向かい実行委員会を設け、準備を始めました。今回の公演は、先ず場所の選定が課題でした。収容人員250〜300名の小ホールを目標とし、鳴門市ドイツ館に協力要請し、受諾され、決定しました。会員各位には、サークル代表者会等を通じ説明し、また、今回会員以外の皆様にも広く観劇の場を広げ、学生さんにも見てもらおうと考え、各学校を訪問し、作品の趣旨説明等も行いました。
ところで、劇団東演は、鳴門市民劇場が独立した翌年1999年8月に“月光の夏−晩夏”で、また2004年11月“長江−乗合い船”で来演された劇団です。両作品とも、感動の舞台で、会員の評価も大変高く、印象深い作品でした。
特に、今回の作品は、演劇“月光の夏−晩夏”とは一味違う朗読劇ということで、市民劇場としても過去扱ったことがなかったものの、特別企画としてはピッタリの企画ではないかと思うとともに、期待が膨らみました。公演前日に、前公演地の鹿児島より列車にて強行日程で来鳴されました。
特に、会場である鳴門市ドイツ館は、昨年公開された映画「バルトの楽園」でも紹介された第一次大戦時にドイツ兵俘虜収容所跡地に、ドイツ人捕虜と地元との交流を記念して建てられ、日本で始めてベートーヴェンの「第九」が演奏された地でもあります。今回のピアノソナタ「月光」がベートーヴェン作という共通の因縁めいた感もあり、正にピッタリの会場となりました。
小ホールですが、ほぼ予定どおりの来場者で、無事盛況のうちに終演いたしました。
舞台も、ピアノとのコラボレーシヨンが素晴らしく、感動のうちに1時間30分があっという間に過ぎ、見終わった後の心地良い爽快感が帰路の皆さんの足取りより感じ取れました。
また、当日夜に開催した劇団員皆さんと幹事との交流会では大変盛り上がり、鳴門の夜が"月光”の余韻に包まれ静かに……騒がしく過ぎていきました。
文責 J.H.■ 以前に「月光の夏―挽歌」を例会で観ているので内容は知っていたが、今回の朗読劇で聞くことにより、一層内容が理解でき改めて感動した。
小さなホールだったので、台詞もピアノもずしんと胸の奥に響いてきた。本当に良かった。
情景が目の前に浮かんで来て感動できた。朗読劇ってお芝居と違った良さがあると思った。■ 心に迫るものがあり、終始感動!
役者の迫力ある朗読はピアノ演奏と重なっても最後列まできちんと台詞が聞こえ、感情に訴える語り方に引き込まれ、涙、涙、涙。
朗読がこんなにリアルに語られるのを聞くのは初めてであった。また、ピアノソナタ「月光」は自分も弾いたことがあるが、もう一度弾き直してみたい思いにかられた。台詞の後のピアノ演奏は胸に迫る思いを倍増するようで、盛り上がりがあり素晴らしかった。
音楽を愛する青年が、今生の思い出に「ピアノが弾きたい」と思う気持ちがよく分かり、最初から涙があふれる物語であった。
生き残った特攻隊員が振武寮に入れられ、あんなひどい目にあった事実、死んだ友達にすまないと思う思いで残された日々を暮らした事実、数々の遺書に込められた若者の気持ちなど、すべて涙なくしては聞くことができなかった。 S.A■ お母さんと一緒に観たある小学生
母 「内容分かった?」
小学生 「うん、戦争はしたらダメってことでしょ!」■ 朗読劇は、奥が深い。
役者の言葉に自分のイメージをプラスするから?
劇のイメージがどんどんふくらむ。
始めから最後まで、一途に観る。
涙、涙・・・ こうした劇もいい。
交流会では、セリフの覚え方を聞く。
Q「朗読劇ですが、みなさん空で朗読していました。どのように覚えるのですか?」
A「まず、与えられた台本を1万回は読みますね。それから、イメージを作り上げていく。」
B「私は、5000回くらいかな。」
さすがプロ。それだけ読めば、覚えるのは確実だが……
役者として、プロとしても生半可じゃあないところを、職業人として学びたい。■ “朗読”を聞いているだけとは思えないような迫真の“演技”で、衣装もセットも何もないというのに目の前にさまざまな場面が広がりました。改めて、人間の声だけでもこのように観客の心を動かせることのすごさを実感しましたが、こういう体験をして、こちら側も想像力と感性を磨かなければならないとも思いました。
内容は何度きいても哀しさだけです。特に生き残った方の筆舌に尽くしがたい苦しみの話は、いまだにどう受け止めていいのかもわかりません。
ただただ、このような集団狂気が繰り返されないことを祈るばかりですが、戦争で犠牲になった兵士の方々のことを語るとき、尊ぶのは当然ですが間違った方向へ美化されないようにする兼ね合いの難しさも、いつも感じます。■ 涙をふいてもふいても止まらなかった。若き特攻隊員の心の叫びが、あの「月光」のピアノの響きと一緒に私の心にずしんと深く深く食い入ってきた。特攻隊員とダブって私の父の若き姿が浮かんできた。私の父も私が生まれて百日して、戦争に行き、飛行機の下敷きになり戦死した。
今まで父がどんな思いで戦地に行ったか深く考えたことがなかった。この朗読劇を目を閉じて聞いていると、父が私に呼びかけているような気がした。生後百日の子供を置いて戦地に飛び立ったときの父の心はどんなものであったろう。私と姉のことを想いながらい行ったことだろう。父の記憶がまったくない私は、朗読者の言葉をひとつひとつ心に受け止めながら、そのときの父の心を探っていた。戦地に出発する前に撮った若い父の写真でしか、父をみつけることができない。子供と別れる辛さ。それは想像をはるかに超えるものであろう。その辛さを知りくないと拒絶してきた私は、戦争に関係あるものを避けてきた。戦争映画も観たくなかった。しかし、今日は「月光の夏」の朗読劇はじぶんから観たいと思った。若い特攻隊員や私の父の心の叫びをしっかり受け止めたかった。生きたくても生きることが許されなかった人々の心をしっかりうけとめ、命の重さ、大切さを次代に伝えなければと思った。
「月光」のピアノ演奏は、今までに聴いたどの演奏よりも強烈に心に響いた。六十年余りたって、初めて父の心が少しわかったような気がした。これからは「戦争」を避けることなく、真正面からぶつかっていき、命の大切さや平和の大切さを訴えていきたい。
2007年9月8日(土)〜9日(日)何年も前から希望していた『剣山で幹事会』がついに実現しました。
8日(土)朝9時事務所出発。5台の自動車に分乗し、15名の幹事が参加。○いざ出発!
途中の車の中の様子は取材できず。ザンネン。○まずは神山の「道の駅」でトイレ休憩。
ここには神山で採れる野菜が沢山売られています。新鮮でしかも安い。今が旬の徳島県特産のすだちも袋いっぱい入っているのに安いし、香りが高い。○次の休憩は川井峠、
ここはしだれ桜で有名らしい。それらしい木が「白い神様神社」という神社の周りに沢山ありました。桜の季節には驚くような景色をみせてくれるのでしょう。○さあ、目的地の中尾山の平成荘へ
一番先に着いた私たちの車。
それにしても後の4台が遅いので少し心配になったころ……しばらくして見えてきました。なんと、途中栗拾いで楽しんで来たそうです。
私たちの車でも左右にいっぱい実った栗の話をしながら登ってきたのです。でもまさか止まってみんなで、拾っていたとは思いもよらないことでした。
後でこの栗もバーベキューの網で焼いて、みんなで試食することになるのです。○着いた!中尾山キャンプ場にある「平成荘」
昼食 各自きれいな景色の芝生の上に弁当を広げ、新鮮な空気をおかずに弁当を食べました。下界では味わえない空気の冷たさを感じ、緑いっぱいを浴びてながら・・・。幹事会……正直こんなところにまで来て、幹事会なんて気持ちちょっと薄れぎみ、(こんなことを言うときっと怒られるだろうなー)だけどいざ丸くなって座ると、雰囲気はやっぱり真面目な幹事会。「二人の老女の伝説」の合評が盛んに行われました。こんなに時間をかけて作品のことを話し合ったのも初めてなので、面白かった。作品は奥が深い……!
さてさて、みんなの腰が浮き出した。そう、お楽しみバーベキューの時間です。
いっぱい食べて、飲んで、わいわいガヤガヤ騒いでいたら、日が暮れ周りが暗くなってきました。おなかもいっぱいになったその後は「おれは天下の大泥棒ルパン三世だ。えっへん!」というゲームで盛り上がりました。
9日…… 空気も冷たくあたりの景色がすっきり見えます。山登り日和。
平成荘に別れを告げいざ出発。その前に、玄関をバックにみんなで記念の集合写真を撮りました。また、5台の車で出発。見越のリフト乗り場へ向います。
さあて、誰が歩いて頂上を目指すか……。結局KN、TO、HN、SF、HI、TK、YFさんの7名が挑戦しました。
リフト開始時間にまだ時間があります。リフト組はしばらくその場で待機。歩いて登るところにお土産売り場があります。その入り口に杖を沢山立てています。そこに「どうぞお使いください」と書いていました。経験者に聞くとこの杖が役に立つとのこと、少し年寄りくさいと思ったけれど言うことは聞いておいた方がいいと判断して、借りることにしました。
やっぱり、いうとおりにして良かった。この杖のお陰で頂上に行くことができました。
登る道々にいっぱい咲いていたのは、紫色した「トリカブト」の花。こんなに群生しているを見るのは初めてです。
もうひとつ驚いたのは、鹿の足跡。山の斜面をあわてて走ったような生々しい足跡が沢山あるのです。きっとえさを探してこの道を駆け下りたのでしょう。自然の凄さでしょうか。山の中って感じ……。
ところどころに可愛いうすいピンクのシコクフウロが顔をのぞかせていたり、頂上付近では、リンドウが咲いていました。このリンドウは色がなんとも言い表せないきれいな深い蒼色です。アゲハチョウの羽の一部にこんなきれいな色があったような……。
自然の美しさに感動しました。リフト下り場では先にリフト組みの人たちが待っていて下さって、手を振って迎えてくださいました。 ヤッホー! ヤッホー!
さて、頂上に向けて再出発です。
到着!!!頂上は何年ぶりでしょう。昔は木道などなかったのですが、一面木道で覆われ、少し寂しい思いもしました。でも景色はなんともいえない美しさです。空気もおいしいし、やっぱり来て良かったと、つくづく感じるのでした……。
普段運動などしていないのに、急に剣山は無謀と思ったけれど、昔子供の頃野山を駆け回った経験を生かして、何とか登ることができました。
あんなに晴れていた天気もだんだん怪しくなって、雨がポツリポツリ落ちてきました。
急いで下山・・・。なんというタイミングのよさ!ほんの少し濡れた程度で本日の登山を終えました。
ラッキー〜。又、行きたいな〜。その他の写真および記録はnaのページまで
文責 わかめ 撮影・html化 na
菜の花バス・ツアー
2007年3月31日(日)、参加者40名で『菜の花バス・ツアー』が開催されました。
五月例会『菜の花らぷそでぃ』にちなんで、愛媛県大洲市を流れる一級河川肱川(ひじかわ)の河川敷に広がる菜の花畑を訪れました。
市民劇場では、その年の演劇にちなんだ場所を訪れ、併せて会員間の交流も図っています。今年が七回目。五月例会の舞台は、佐賀県唐津市。関連は「菜の花」。
今回の旅行先は、次のとおり。
- 大洲市五郎地区(肱川河川敷)
- 大洲市臥龍山荘・おはなはん通り
- 内子町フレッシュパーク「からり」
- 内子座・内子の町並み散策
朝、鳴門を出発したときは、あいにく雨模様の寒く風が強い天候……しかし、愛媛県に入ると陽光も射し、観光日和となりました。
今回の目的地は、代表幹事篠崎さん(たかしまサークル)の故郷。様々な資料を準備していただきました。
- 肱川河川敷では、大洲富士(冨士山:とみすやま)を背景に、ちょうど「五郎地区菜の花祭り」の真っ最中。地元産の米と蓬で餅をつき、食材を販売中。地元NHKの取材を受けた会員さんもおいでました。
- 「からり」でも、産地直売の市が立ち、まさに5月例会のキーワード「身土不二」「地産地消」を実体験!
- 内子町では、地元の観光ガイドボランティ三名に案内いただきました。丁寧、熱心な説明に時の経つのも忘れました。事前に予約すれば、観光客ひとりでもガイドは付いてくれるそうです。
十二時間強の行程でしたが、参加のみなさんは、元気に楽しまれて、無事に帰って来られました。